さて、前向きに頑張らねば

(31 Enero,2011)
  


ウゴがいなくなってから1週間が経ったのですが、
こんなに1週間が早かったのは人生の中で初めてのような気がします。
そして天気もしとしとと降り続く雨続きでした。
ザーザーとは降らす、じめじめとした1週間で、
悲しさをより盛り上げてくれてしまう出来すぎた舞台。
太陽が顔を出したいのに曇が覆ったままで。
思い切り悲しむなら最高の暗〜い背景なのに、
ウゴの悲しみに浸ってる余裕も与えらないまま、怒りの日々。
ウゴが火葬されて翌日すぐ、
皮肉にも2年ぶりの私の車が修理場から戻ってきたのでした。






私の車はウゴを連れて走り廻るための車で、
市場唯一の、トランク部分の後方ガラスが自由に上下でき、
真夏スーパーで買い物に出るときや、ちょっと食事するときにも、
後方のガラスが全開できるというウゴ用の車でした。
旅先でも、この後方トランクがウゴのホテルでしたから。
窓を全開できるのって重要です。(鉄網を付けているので泥棒の心配もなし)
嫌味の一言でも言ってやろうかと思い、
「ご存知のようにこの車、うちの大型犬を連れて歩くための車で、
2年間も取り上げられていた状態でずっと使えなかったのに、
1昨日死んじゃって、昨日火葬して、で、
今日その犬用の車が戻ってくるのって悔しすぎ!」
と言うと、あっさりと、
「じゃあ今日じゃなくて明日以降、
日にち置いていつでも取りに来ていいから。。。」と、
まるで言わんとすることが通じていないのでした。
「いや、出来上がったらのなら今すぐにでも持って帰ります。」と、
車が自宅に戻ってきたのも半日のみ。






ふと気づけば、その開閉可能な後方のガラスが、
閉めたときに内側に入らずに外に出てしまったまま。
こんな状態だとガラスが割れてしまう。。。。
おまけにネジもひとつない。
要は、ちゃんと直してない!ということ。
また車を修理場に戻しました。
で、その翌日「直ったぞ!」と言われ、取りに行くと、
事故後の修理で新しい部品にかえたはずの新品部分に既に傷が!
責任者が実際に私の車を直した従業員を呼び出して、
「この傷、今日新しく発見された傷だけど」と修理人を問い詰めると、
「いやあ、俺はここは触っていないから、
外に出たときに小石でも飛んできた傷だろう。」と言ったのでした。
どう見ても何かものが落ちてできた傷。しかもすった形跡も見られるし。
正直に謝ってくれれば、この国で車を使っていたら、
時間の問題でいろいろな傷をつけられていくのは逃れられないことなので、
ま、仕方ないか、、、という気にもなれるところ、
こう適当に逃げようという態度を見せられるとむかついてくるので、
「どうする?傷?」と責任者に聞かれ、
「2年も待ったのだから、今さらあと数日かかったところで同じだから、直して!」
と言うと、
翌日に傷も直って出てきました。






さて、もうこの車を完全に引き取って、この件を終焉させようかな、と思ったのですが、
こうなったらとことん!と思い、
「最後に言うけど、この組み立て、完璧ではないと思うんだけど。。。
数ミリずれてるのわかる?直せる?」と聞くと、
もう先方もさすが自分たちのつたなさを遺憾に思うのか、
「直せる、、、」と。
ボソッとため息と一緒に言ってしまったのでした。
「エスタモス・エン・エスパーニャ、、、」
「ここはスペインだ、、、」と。
そしたら、急に元気になられてしまい、「そーだ!そーだ!」と。。。
組み立てが数ミリずれてるのを写真に撮ってみました。
日本の皆さんはどう思います?
ここではこんなの合格ラインなんです。






ウゴが他界して1週間後、ようやっと明るく晴れました。
ウゴが最後いつも顔を出していた窓のところに、
白くスレンダーでウゴのような「カラー」の鉢を置きました。









あと数日で白い花が咲きそうです。
あと、ウゴのメモリーとして、庭にオリーブの苗を植えようと買ってきたのに、
天気が悪かったのでまだ植樹してません。
ウゴがいつもオシッコしてマーキングしていた家の前の木は、
気づくと周りのどの木よりも背を高く伸ばしていました。
その木の下にオリーブの苗を置いて写真とってみました。
このセビージャ通信に、ずっとウゴの写真載せてきたのに、
自分の写真は1度も載せたことありません。
1度だけ、記念に、ウゴに「ありがとう」の気持ちで、
一緒の写真を載せてみます。
私自身を載せるのはたぶんこれが最初で最後になると思います。










自分の写真を載せるのが好きではない、というか、嫌なので。
でも今回だけは心の奥底からウゴに敬礼の心で載せてみます。
この手でもう2度と触れないのが悲しいけど。。。。
ウゴママを名乗り続け、このセビージャ通信も書き続けます。
(写真、ウゴも私もかなり若い時のなんですけどね。)
新しい星が発見されたというニュースを聞いたとき、
ウゴかな?なんて思ってしまいました。
さて、前向きに頑張らねば。
明日、久しぶりに美容院に行って髪でも切って来ようかな。




ウゴ、ありがとう。
これからもずっと私は、ウゴママだよ。

(25 Enero,2011)
  




みなさまに報告しなければならないことがあります。
12年以上一緒に生活してきた愛犬ウゴが他界しました。







1月21日、ウゴの様子がおかしいので、
獣医さんでチェックすると、すい臓ガンのかなり進行した状態で、
手術も不可能との結果が宣告されました。
11月に全身の内臓チェックをしたばかりで、
異常なしという結果が出ていたので、
嘘でしょ?!と信じたくなかったのですが、
その進行の速さと悪質を立証するかのように、
どんどんというか、時間時間で容態が悪化し、
まるで広がる火事のような勢いでした。
23日午後5時半、天使になりました。
発覚してから2日間という速度でした。
獣医もエコグラフィーを見ながら「こんなひどい症状を見るのは初めて」と。
それまでウゴは自分の中で闘ってきたのかもしれませんが、
一切表に出さなかったので気づいてあげられませんでした。
最期の姿は、本物の勇敢な犬をみせつけてくれました。
さいごのさいごまで、カッコ良すぎる犬でした。
あまりにもショックで、ここ数日、どう過ごしたのかほとんど記憶にありません。
よく状況がわかっていない娘を、普通にお風呂に入れたり、
ご飯食べさせたりしているので、それなりに用事はこなしているようです。









でもウゴの最期の病と闘っている姿、
息を引き取った姿の映像しか、ここ数日の記憶にありません。
娘や私がどんな服を着ていたかも覚えてません。
今日24日夕方5時半、火葬の予約が入っていました。
ウゴだけの個別の火葬だと250ユーロ、
他の犬たちと一緒だと90ユーロと言われ、
迷わず個別にしました。
個別の火葬だと、立ち会え、遺灰を受け取れ、
共同火葬だと立ち会うことはできず、灰は植物の肥料になる、と言われました。
ウゴの大好きなパンを一緒に1つ入れ、
添えるための白い花束を購入し、それだけだと寂しいから、、、と、
赤いバラを2本添えました。
人間と犬の火葬場は違う場所なのですが、
人間の火葬場の隣が墓地で、そこにはいつも花屋さんが出ているので、
人間の墓地の花屋さんに行くと、
お墓に飾る花たちがたくさん並んで売られてました。
サッカーチームのマークとか、ハート型とかあったり、
なんか日本のパチンコ屋さんの花輪っぽい感じにも見えるような
明るい花輪たちも、
すべて墓地用です。








皮肉にも、こちらの国の墓前に置く花輪の派手さをセビージャ通信に書こうかと、
20日に大聖堂に入場したときに、コロンブスの墓前に置かれていた花輪の
写真を撮っていたところでした。
こんな形で使うことになるなんて、夢にも思っていなかった発覚前日のことです。
火葬のウゴに、花とパンを添えたい!と申し出ると、
「燃えて無くなってしまいますけど」と言われてしまいました。
当たり前ですけど!!!
そういうことする人、この国には、いないのでしょうか。。。。
犬の火葬を行う場所は、セビージャには1軒のみだそうで、
郊外の自然の中にある、犬たちの施設内でした。
その施設名は「スポーツ・ドッグ」。
そこには、犬を預けるホテルもあり、調教クラスもあり、
火葬場もあり、、、という犬のすべて、という空間です。
捨てられた犬たちもたくさん住んでいて、
「連れて帰りたい犬がいたら言って!」と言われてしまいました。
次から次と火葬される煙突の隣の犬のホテルって、
犬ってどんな感じなのだろう????と思ってしまいました。
でも犬の火葬場は、人間の火葬場(セビージャの)よりも素敵な場所でした。









1時間かけて灰になったウゴを連れて、
ウゴと最初に出会ったペットショップがあった場所(現在美容院)を訪れ、
最初に子犬のときから大きくなるまで住んでいた借家のピソを訪れ、
その後、家族で晩餐会!のレストランに入りました。
そのあたりから私たちは少しずつ気づきました。
「このレストランにウゴ入ったのって初めてじゃない?!」
「この姿ならウゴ、犬禁止マークのところでも、どこでも入れる!!!」
「これからは、今まで以上に一緒にどこでも行けるね!」と、
微笑が見られるようになりました。
人間の勝手ですが、
ウゴが形を変えても、私たちの中ではウゴの存在は永久です。
ウゴはすごくカッコイイ性格でした。
耳が聞こえなかったからか、ものすごく愛くるしくなすりついてきて、
頭が重いのか、いつも誰かに、どこかに、頭を乗せてました。
ウゴの視線とか、こんなに目でおしゃべりする犬って他にいるのかな?
と思います。






12年間、ウゴのおかげで密度濃く楽しい生活ができました。
最期のウゴに向かって私の中から出てきた言葉は、
ただただ「ありがとう。ありがとう。本当にありがとう。楽しかった。ありがとう。」
馬鹿みたいですが、それしか出てこないんです。というか、出てきちゃうんです。しつこいくらいに。
私との散歩は好き勝手でした。
よく道端の人に声かけられたものです。
「まさか、あんたが犬を散歩させてるとは言わないよね?
どう見ても、犬があんたを散歩に出してる、ってやつでしょ!」と。
それに対し、半身不随の夫とは、
必ず夫の右側を同じ速度で歩き、
ふらっと来そうになったときには、さっと麻痺してる側の左に回って、
支えようとする姿を見たときには、
飼い主は夫であると確信し、それからはウゴのことは
ずっと夫任せになってました。






ウゴはきっと、私たちに会いに、何か別の姿で再会しに来てくれると思います。
庭に来る鳥なのか、どこかで出会う動物なのか想像できませんが、
この先の生活に楽しみを与えてくれました。
そして、いつの日にか自分に訪れてくるであろう死に対する恐怖心が解かれました。
自分も将来他界したらウゴに会える!という、
恐怖心が希望に変わったのです。
本当になにからなにまで、ウゴにはありがとう、ありがとう。
ムチャ・グラシア!!!!ウゴ!
私は、ずっとウゴママです。
ぜんぜん終わってません。ずっと一緒です。
いつものように、「ウゴ元気?」と聞かれて、
「あ、死んじゃったんだけど、灰になったらどこでも一緒に行けるようになったよ。」
なんて言ったら、またこの女、頭のおかしなこと言ってる、、、、
と思われてしまうのでしょうね、きっと。





本日もバル定食。

(20 Enero,2011)
  



昨日に続き、本日もバルの定食(昨日とはまた別のバル)から。
煮込みの豆好き我が家は、
本日のバルでも前菜は、夫「レンテハ」と私「チチャロ」。
レンテハはレンズ豆です。
チチャロとは白インゲン豆のことを言います。
もうメニューとして、レンテハ!とかチチャロ!とか、
豆の名前で言い、調理法はただひとつ、煮込みスープ。
写真でご紹介。






レンテハは、店の人が持ってくるときに揺れて皿からはみ出たままの状態です。
町のバルは、朝早くから開けて朝食もやります。
店の中に注意書きを見つけました。
「開店から午前12時前は、アルコール飲料を扱いません。ただしアニスとコニャックを除く。」と。
夜な夜な飲み続けて明け方なだれ込んでくる酔っ払いを断るためだそうです。
で、アニスとコニャックは対象外とは?
そういえば、朝の出勤前に身体を温めるために、
アニス酒とかコニャックとかを引っ掛けていく人見ます。
コーヒーや紅茶の世界を超越!
早朝からの作業場の人たちに多く見ます。



この21世紀、いまだアンダルシアの下町バルでは、繁盛の印のゴミを足元に捨ててます。






おまけ、メインディッシュの夫の鶏肉と私の白身魚。





ごっつい美味しさ。

(19 Enero,2011)
  


ここのところ天候が安定していて、
冷え込んでいるようでも明け方の最低気温が9℃くらいです。
昼間はスコーンと晴れますが、
冬の午前のセビージャは霧に包まれることが多いです。
冷え込む冬には煮込み料理が最高!ですね。
スペイン国内では一般的にコシードと呼ばれ、
セビージャでは「プチェロ」と呼ばれるガルバンソ(ヒヨコ豆)の煮込み料理は、
私が作るよりバルの定食で食べたほうが断然美味しいです。
ごっつい美味しさ。うちの娘も大好物です。





私は娘と一緒に1人前を食べていたのですが、
このプチェロは娘が一皿たいらげたので、
単品でもう一皿追加したのでした。
バルの定食は通常、前菜から1品選び、メインディシュから1品を選ぶことになります。
今日の昼食はバルでの定食を選んだ我が家は、夫婦ともに前菜にこのプチェロ。
たいてい相方と違うものを選ぶのですが、プチェロは自動的に双方譲らず。
前菜として、煮込み、サラダ、スープ、マカロニなどのパスタ、パエージャなどの米、
こういったものが選択肢のなかに入ってきます。
メインはたいてい肉か魚。
我が家は肉と魚と別れ1品ずつを注文。
魚はフライの盛り合わせ。「ぺスカイートフリト」。
ぺスカディートとは言わず、ぺスカイートです。イにアクセント。
この魚の盛り合わせに入ってくるメンバーは大体決まっていて、
ボケロン(かたくちイワシ)、カソン(サメ系)の酢漬け、イカ、
アセディア(舌平目をもっと小さくしたようなかんじ)、とか、
なんとなく盛り合わせに入ってくる魚のメンツは定番化してます。
これらがフライにされてお皿に盛られてきます。レモンを絞って食べます。
本日のバル定食の肉料理はシカ肉でした。
べナオ。ナにアクセント。
もうこれは「べナオ」としか言いようがなく、
べナードなんて言う人を見たことないので、venadoとつづるとすごく違和感あるのですが、
セビージャ内ではべナオと呼ばれてますので。
まさかべナードというのが正式名称とはセビージャ人も知らないかも。。。
この肉も煮込まれて料理されるのが一般的です。
さりげなく、お昼ごはんを写真に撮ったのですが、
実は内容がコテコテの郷土料理であったことにいまさら気づいたのでしたー。






夜10時半ごろ、さて、家中の電気を消そうとしたところ、
あら?パティオの電気消し忘れた?と思えば月明かり。
月の明かりを電気の消し忘れと間違うこと、よくあります。
ふと空を見上げると、月の回りにプラズマの光みたいなのが輪を描いていて、
なんか面白かったのでカメラで撮ってみました。
なんか人間の目玉に見つめられているようにも見えますが。。。。







本日の午後の時間。

(18 Enero,2011)
  


娘の身分証明のカードを失くしていることに気づき、
12月上旬に再発行の申し込みに行ったものの、
受付してくれる日として呼ばれる日にちを指定されたのが今日だったのでした。
1ヶ月半後。時間指定はなく漠然と今日の午後という指定。
なのでスペイン広場の建物内の外国人登録のお役所へ行ってきました。
が、行ってみると番号を渡され、順番待ち。
午後は3時半から開始と聞いていたのに、
3時40分頃に行ったにもかかわらず、
私にくれた番号が80番。
電光掲示板表示はその時点で47番の人が呼ばれているのでした。
数時間待たされるのは間違いなし。
いったいどういうシステムなのか、いまだ不明。
とりあえずその場で待たずに犬たちの散歩をしながら待つことにしました。






またまた一家総出で来ていたので。
スペイン広場の隣がマリアルイサ公園で、なかなかいい雰囲気の公園です。
アヒル、ガチョウ、クジャク、ハト、スズメが一緒にたむろっていて、
これって「おいらたちは鳥だぜー」って感じなのでしょうか。
犬の散歩は通常、夫が3匹を連れて出かけるのですが、
娘が一緒だと彼女がトポを担当します。
3匹連結で散歩していると、夫は通りすがりの人に声をかけられ、
値段を聞かれます。
「あなた1時間おいくらですか?」と。
キケン、、、、、じゃなくて、
犬の散歩の職業だと思われるようです。
こうも3匹3様だと、まさか自分の犬なんだろうとは思われないのかもしれません。









公園には大きなゴムの木がたくさんあるのですが、
パパと娘は木に手を添えて木に話しかけてるし。。。。
「足が痛いの治してください。お願いします!」と娘が木に言ってるので、
「えっ?足痛いの?」と後方から私が聞くと、
「転んだとこ」と。












2時間くらい経ったところで、そろそろ順番が来そうなので、
役所に戻り、自分の番になると、こんなに待ったというのに、
1枚用紙が足りないので受け付けられないと言われてしまい、
なんと、警察が発行する紛失証明が必要とのこと。
また出直すとなると番号を待つのが大変なので、
急いでその場で警察に移動し、証明を発行してもらい、
ダッシュで所要時間1時間。
再び戻って時間ぎりぎりセーフで用紙を提出できました。
娘は指紋とられました。
こんな3歳の子の指紋なんか使い道あるんかねーと思いますけど、、、。
本日の午後の時間は全てこうして費やされてしまったのでした。








泣き声を真似ると。

(17 Enero,2011)
  



子どもの世界から教えられることがたくさんあります。
子どもの歌を一緒に歌っていて、子どもはさりげなく歌うのですが、
こちらは歌詞にこだわってしまいます。
スペイン語の「ぺピートの農場で」と言う歌は、アメリカ民謡なので、
日本語でも「♪イチローさんの牧場でイーアイイーアイオー♪」の歌詞で
親しまれてきているはずです。
私は個人的に「♪ドナルドおじさんエイエイオー、こカブを植えたエイエイオー♪」
のほうがより記憶にあるのですが。。。。
で、これのスペイン語バージョンが、ぺピートの農場で、なのですが、
歌の中の動物たちの鳴き声、これが注目です。
だいたいスペインでは擬態語とか擬声語ってほとんど使われず、
日本語のように「ツルツルすべる」とか「雨がザーザー降る」とか言わないです。
でも動物の鳴き声はあるんですね。
歌詞カードをチェックしてみると、
馬 → moo moo (モーモーって日本じゃ牛なのに・・・)
にわとり → kikiriki (キキリキ)
ネコ → miaumiau
犬 → guau guau?
この辺は、そんなもんか、、、、って感じですが、びっくりなのが、
ろば → ia (イーアー!)
ろばの鳴き声、イーアー!ですよ!!!
実際の泣き声は、日本人的に表現するとしたらたぶん「ヒーハー」か「ヒーホー」かな、
と思いますが、日本ではロバの鳴き声など身近じゃないですしね。
イーアー!とは驚きです。
で、数人のスペイン人に聞いてみました。
ロバってどうやって鳴く?と。
これ爆笑。誰もが真似します。なんとも表現しづらいのですが、
スペイン人に聞いてみてください。爆笑ものです。
スペイン人世界では一般的みたいですけど。
日本人が犬をワンワンと言うような。。。
周りにフラメンコのアーチストのスペイン人でも誰でもいいですので、
ぜひ聞いてみてください。たぶんすましてやってくれるでしょう。
それが、言葉じゃなくて、ほとんど音です。
これ、文化を感じちゃいます。ドンキホーテもプラテーロ・ィ・ジョも、ロバですし。
日本はロバなんて生活の中にいませんし、遠い存在ですから、
実際に見たこともない人だって居るんじゃないでしょうか?
こっちは、街道に出れば、羊、ヤギ、牛、馬、ロバ、このあたりの動物は、
その辺で見られます。






気になるロバの鳴き声もそうですが、歌のなかの、
イーアイイーアイオー、と、エイエイオー、
アメリカの原曲を翻訳した日本語バージョンは少なくとも2つはあるようですが、
原曲の歌詞、E-I-E-I-O と記され、
これ、アルファベット読みでイーアイイーアイオー、
読み方によってはエイエイオー!じゃないですか!
さあ、困りました。日本のエイエイオー!の掛け声って、
まさかこれ????
でも日本語のエイエイオーは、戦国時代の戦いで既に使われていて、
エイエイオーのオーなんか、戦いを表す「応」の字で書いたはず。。。。
気になると、昔の血が流れてくるみたいで、
わたくし日本では報道にいたものですから、即調べ始めてしまうんですね、気質上。。。
と言っても、今の時代は簡単になりました。
英語版のウィキをちょっと見たらなんとなく見えました。
この原曲、1917年の第1次世界大戦ごろは、
in ohio-i-o インオーハイオーアイオー
で、
1922年版は、
he-hi-he-hi-ho  ヒーハイヒーハイホー
になってるので、
イーアイイーアイオーはその辺りからの変形がルーツっぽいですね。






本日の写真は馬です。
ロバではありませんけど。。。




「seta」。

(15 Enero,2011)
  


5年前にスペインに禁煙法が導入され、
それまで街角で1本という単位で買えたタバコが箱単位になったり、
公共の施設内にタバコ屋さんを置けなくなったり、
いろいろルールを変えられ、直後、タバコの喫煙率は下がったものの(禁煙法の目的)、
その後年々喫煙率が再び増えだし、
さらに禁煙法を強化する!と、この2011年から禁煙法がさらに厳しく改定となりました。
セビジャーノの喫煙率は30%だそうです。
ちなみに他のヨーロッパの大都市は、ロンドン17%、パリ20%、ローマ22%だそう。
で、新たに強化された禁煙法は、
スペイン国内、一切公共の建物の中での喫煙ができないということになりました。






レストランやバルなどでも喫煙コーナー廃止。なので、タバコは外。
そこで飲食店もテラスなどの外の空間に喫煙客を呼ぶために、
この寒い冬でも快適に外で飲食してもらおうと、
どこの飲食店もガスストーブを用意し始めました。
業務用ガスストーブは現在ソールドアウトです。リスト待ちだそう。
禁煙法改定前の3倍の売れ行きとのこと。
かつて大型スーパーでも年間1つか2つしか売れなかったこのガスストーブは、
禁煙法の改定に伴い、在庫にあった25個は即売。
現在在庫なしというスーパーが語ってます。
このガスストーブは、自宅用を過去に持ってましたが、私は頭が痛くなります。
死ぬんじゃないか?!と、不安になるのですが、
外なら換気の心配もなく安全。
外に置いて使用の場合、周辺8uの範囲の気温をを6℃から8℃まで
上げることが可能だそうです。
このストーブは人々から「seta」(キノコ)と呼ばれ親しまれてます。




私の車、直ってない。

(13 Enero,2011)
  


いよいよ車が手元に戻ってくると言われながら、
毎日毎日伸ばされ、ようやく本日受け取れることになりました。
受け取りました。
もちろん100%信じちゃいません。
そのまま空港方面のレーダーのない高速道路に出て、
スピード出して車チェックしてみました。
すぐに察しました。
なおってない。。。。
少し走ったところでもう戻ることにしました。
ターンするために一度高速を出ると、
ヤギと羊の群れがいたので、写真撮ってみました。
そのまま今出たばかりの修理場に戻ることになり、
その前にガソリンスタンドに立ち寄りました。
エンジンを切ると、二度とエンジンがかけられなくなりました。
バッテリーが、、、、。ああ、、、。またか。。
いつも修理場から出てくると同じ。
でもいつも同じ修理場なので、
バッテリーは2年間のギャランティー内なので、
無料で交換。でもいろいろと面倒くさい。時間もとられる。
さて、修理場の責任者を呼び、
「2年間かかってようやっと直った私の車、直ってない。一緒に来て。」
と、責任者と車で再度高速道路に出ると、
「あちゃー」、、、、。と責任者も。
これにて、振り出しに戻りました。






「病院で言うところの集中治療室みたいな扱いで、最優先させてくれる?私の車。」
とお願いし、とりあえず早く直して!と、
車は帰宅することなくまた修理場に戻りました。
ちなみに、この修理場は、全国に600店舗も持つ大型の会社で、
決してだましたり、いい加減なことをするようなところではなく、
保険会社が薦めた修理場でもあり、
これは、ただただ単に、ここの土地の人たちの特色と言えるでしょう。
ただ、ちょっとまずいのは、これにて完全に振り出しに戻され、
どこがどう悪いのか、どこが原因なのか、一から探さねばならなくなりました。
責任者が、「なんだろ、これ?わからない、、、」と言った言葉が気になります。
どうなってしまうのでしょう、、、、私の車。
もちろん、コンピューターなどでは出てこない問題らしいのです。
どれもこれも、2年前の警察との事故のせいだというのに。。。。
勝てるのかもわからない裁判も、まだ始まるのに数年かかると言われているし。。。
あーあ、なんでこんなに時間がかかるのでしょう。。。




皆で、散歩に。
家族の歴史を感じるとき。

(11 Enero,2011)
  


ウゴは1998年10月生まれで、現在12歳です。
犬の12歳ですから、人間の年齢で考えればかなりの年配です。
ちなみにエドゥーとトポは、年齢不詳です。
2匹ともウゴよりは若いはずです。
ウゴは、ペットショップのショーウインドーの中で、
兄弟たちに噛まれていじめられていて、
それを見た我が夫が、
私が仕事で旅に出ている間に勝手に購入してしまったというのがはじまり。
私が帰宅すれば既に家にいた、、、、というのが12年前です。
当時生後3ヶ月。3ヶ月と言いながらも、今のトポ以上の大きさでした。






名前を呼んでも振り返りもしないし、
まだお子さまで、頭もお子さまなんだ、、、と思っていたのですが、
時が経っても、名前を呼んでもまるで反応しないので、
数軒の獣医に連れて行って発覚したのが(1軒目で発覚しないのがさすがセビージャ)、
生まれつき両耳の鼓膜がない犬だったのです。
世間の音を聞いたことないはずなのに、ワンワンと普通の犬と同じく吠えるのは、
心の叫びで、耳で聞いて覚えていくものではないんですね。





Dogo Argentino (アルゼンチンの犬)と言う種で、
イノシシ狩りに使われる犬で、血統証付きの犬、
それなりの金額で購入している犬なのですが、
ペットショップとブリーダーの間で金銭的なトラブルがあり、
引き換えにブリーダーが血統証の紙をショップに渡さないという仕返しをしていて、
それに巻き込まれてた我が家は、
いくら経っても血統証をくれないペットショップに言うと、
「耳が聞こえないのなら掛け合わせることも将来ないだろうし、
紙なんていらないでしょ?犬を返品する?犬と紙、どちらが大事?」
なんて、すっかりファミリーになじんでいる状態のウゴを見ながら言うのでした。
けしからん!!!が、私らの負け。
というか、紙なんかいらないか、ま、いっか、、、、ってことになってしまったのでした。
あれからどんどん月日が経ち、ウゴが6ヶ月を越えたあたりから、
借りていたピソでは、狭くてとてもウゴがいられなくなり、
引っ越しすることになりました。
ユーロになる前に、だまされたと思ってローンを組んで家を購入しろ、と、
周りのスペイン人たちにしつこく言われ、皆が口をそろえて言うものですから、
言うとおりにしたら大正解でした。









その後、住宅は2倍の金額につりあがる時代が来たので。
ウゴのために、散歩に出やすい地区、家の前が公園、を選んだのに、
今では散歩は車で出かける習慣になってます。
そんなもんでしょう。。。
そういえば学生時代、リバーサイドにあこがれて、
川沿いでも東京(狛江)は家賃が高いので、
川の対岸の登戸(川崎市)の多摩川土手のところの家を借りたというのに、
現実、窓から川の景色を見たのが数回のみだったような。。。。
今私の住んでるこの国スペインでは、リバーサイドは避けたいですけどね。
川の氾濫、村の浸水を毎年のようにニュースで見るので。
冬の大雨。この雨季は、緑の季節です。
日本は緑って春のイメージでしょうけれど、
こちらは雨の後(雨後→ウゴ!!!???偶然)
一斉に緑になるので、今、緑の時期です。
季節はずれのキノコもありました。
娘は「ヒノコ」と言うので、何度教えても「ヒノコ」。
「かきくけキノコ」と言っても「かきくけヒノコ」と復唱します。。。
ま、そのうちにどうにか。。。
お月さまの「おしさかま」は、今は「おちつきさま」と1字多い状態ですが、
なんとか似てきました。
他はなんでも普通に話せますけど、たまにこのようなおかしなのが出てきます。






今日は突然、「風、見せて!」と言うんです。
車で開けてる窓から風が入ってくるのを感じながら。。。
「おめめ、どこ?」と聞かれたときには、一瞬フリーズしてしまいました。
これってファンタジーの世界なのか、科学の世界なのか、戸惑いました。3歳に。
そんな3歳、トポの飼い主は自分だ!と思っていて、
パパがウゴ、ママはエドゥー、で、自分がトポの飼い主だと勝手に振り分けてます。
この3匹で、一番IQが高いのはウゴのはずです。その上、お坊ちゃま育ち。
耳が聞こえない分、手話を教えるべく、しつけの教室に通わせている間に、
自分たちも犬の調教師の勉強をしようと、私ら夫婦は数年前に、
毎週末マドリードに車で通うという生活をしてました。
2年間くらい。
本格的に犬の調教師になる学校に通っていたので。介助犬の。
スペインの盲導犬を養成している施設もマドリードの郊外にあり、
通っていた介助犬調教師養成学校で、そこに見学に行ったりもしました。



お山の中にポツンと礼拝堂もあります。




ポインセチア、次回のクリスマスまで。

(10 Enero,2011)
  


クリスマスの片づけをしました。
大きなクリスマスツリーを分解し、箱にしまいました。
装飾品も。
ツリーの飾りは飾日に日に増えていました。
気づけば、アンパンマンやキティちゃんをはじめ、
家中のぬいぐるみ系キーホルダーがぶら下がってました。
犯人は3歳ですが。
年越しのカウントダウンの時には、
ダイナミックな大砲クラッカーをツリーに向けて鳴らしてしまったので、
カラフルな紙ふぶきがツリーにかかり、
ツリーの最終の姿は、かなりのド派手でした。
それも全て片付け、べレンもしまい、
クリスマスを終えたはずなのに、
残ってしまったものがひとつありました。
クリスマスの星、ポインセチア。。。。
これ、どうしよう???
考えました。
あっ、切花にして花瓶で飾れば命も短いぞ!
と、思いついたのですが、処分したい、という下心があるので、
これって殺人というか、殺木か????
と思い始めてしまい、もうそれができなくなってしまいました。
夜中に冬のひまわり畑に進入して、こっそり植えてくるとか、
いろいろと考えてみました。
それだと捨て子とか捨て犬と同じことか、、、とか思うと
それもできなくなりました。







さあどうするか?インターネットでポインセチアを調べ始めると、
水はほとんどいらない、肥料もいらない、、、なんて書いてあって、
かなり生命力も強そう。。。。
こうなったら、次回のクリスマスまで持たせるか?なんて気になってきたのでした。
9月になったら40日間、ダンボールにいれて日光に当てなければ、
また次のクリスマスのときに赤くなる、とありました。
よし、ちょっとやってみるかな、って気になりました。
決して土に植え替えたりはしません。というのは、
周りで何軒も見ました。大木のようなポインセチアが庭に植わってる家。
ぞっとしてしまいました。
あれは避けたいなあ、と。
さて、次回のクリスマスにどんな姿になっているのでしょうか。。。
そして、世の人々のポインセチアは、どういう運命をたどってるのか
気になりました。
あんなに売り出されるポインセチアの行方は????
「おひたし」にして食べられるものとかだったらいいのにねーって思いませんか?









娘、やる気満々のお仕事。

(9 Enero,2011)
  


あわただしくしている間に、2011年も早くも超スピードで
走り抜けていこうとしてますが、
今年こそ、この流れに乗ったろ!と思ってます。
それなりに対策を練って、
この時間の流れの速さに流されず!が今年の私の目標。








今年、ウサギ年なんですよね、干支。
でも、ベトナムを含む数カ国の東洋では、
ウサギではなくてネコ年って知ってました?
子どものころの日本昔話からの記憶だと、
猫はネズミに出発日を1日だまされて、
十二支の動物に入らなかったはずですが、
なぜにネコ年なのかまでは、調べてないので知りませんけど。。。











ご存知のように我が家には3匹の犬がいます。
なのに、夫の車には、常にキャットフードの袋が積んであります。
というのは、
セビージャから車で10分ほど走った郊外の村に、
野良猫がたくさん住む公園があり、
そこにいつも3匹の犬の散歩に出かけるのですが、
この冬休みだった期間は毎日、
普段は学校が休みの土日、
欠かさずに娘とでかけ、猫たちにキャットフードをあげるのです。
で、この公園かなり広く、
この公園の反対側には、お金持ちがボロ屋敷を1軒提供してあげていて、
飼い主のいないネコたちを世話しているボランティア団体のネコ屋敷もあるそう。
我が家の餌付けしているところのネコも、
他の人たちからもいろいろと食べ物をもらっているのでしょう、
かなり肥えてます。ボタ餅みたいなネコもいます。
キャットフード、市場で最下値と思われる、
激安スーパーのキャットフードを買っていったところ、
どのネコも一口も食べなかった!という過去もあります。
今では、(金額も)普通のものを買ってますが。
なんでこんなネコたちまで生活保護まで考えてやらねばいけないんだ???!!!
と思いたくなりますが、
娘の目がギラギラに輝いていて、
自分の仕事だと思い込んでいて、やる気満々なので、続いてます。
我が家でなく、いろいろな人たちが同じようにしているようなので、
このネコたちは食いっぱぐれることなく生きていけそうです。
今日は、そのネコたちの写真を。
1度に20匹近く、集まってくるのですが、
整列して集合写真までは撮れないので、ランダムに。。。


















あ、今日、午後は爆弾でも落とされ続けているかのような
雷雨でした。
で、その後、出かけていたショピングセンターのマクドナルドから、
ガスが噴出してるぞ!!ということで、
敷地にいた人たちが皆(我が家を含め)皆、非難させられました。
私は子どもが一緒だったので、写真も撮らずに逃げましたけど。
子どもが一緒でなかったら、ちょっと見に行ってたかも???危険。
すごいガス臭くて、都市ガスが噴出したのだそうです。こ、怖い。。。。
その後どうなったのかは、逃げてきたので知りません。
今日もまた、にぎやかな1日でした。



猫たちを哀れに思うのか、
まったく怒ることなく全てを見守るウゴ。





セール風景。

(8 Enero,2011)
  


国を挙げて一斉に冬のバーゲンが始まりました。
毎年冬のバーゲンは1月7日からと決まってます。
クリスマス終了後すぐと言うことです。






さんざんプレゼントを正規の値段で買って、
翌日からバーゲン。半額以下で買えたりするわけです。
それでも「クリスマス過ぎなら2倍買えるから、、、」なんて
夢のさめるようなことをしないスペイン人たちが私は好きです。
クリスマスは人(自分以外の)のため、
バーゲンは自分のため、ってかんじでしょうか。
初日はどこも人がいっぱいなので、
私の場合、より先にいいものを安く手にしよう!の精神よりも、
後半に残った物の中から掘り出し物を見つけ出すほうに
ワクワクするタイプなので、
いつもバーゲンも後半まで近づかないのですが、
今日は探し物があって出かけてみれば、
まあ、人、人、人。。。
店に入らずして駐車場の車の数でもすぐにわかります。












バーゲンというのはこういうものなのでしょうか?
日本なら、試着室をチェックする人がいたりして、
もっとコントロールされているかと思いますが、
こちらは、まあ、ドロドロです。
試着してみて、購入しない服を、
そのまま試着室に置いたまま出てきますし、
ハンガーを試着室に残してくるのは普通。。。
服も好き勝手に放り置くし、ゴミまで落ちてます。
靴なんて、自分でそのあたりから左右コンビを探さねばなりません。
私も今日たまたま目の前にお気に入りの色のトレンチコートが
あったので、元値の3分の1だったので、即購入しました。
が、コートのベルトは紛失状態。それでも欲しければ買えってことです。
で、買いました。
バーゲン品はめちゃくちゃです。
汚れてます。→ 洗えばいい。
ほつれてます。 → 縫えばいい。
ボタンない。 → 自分で他のボタンでもつければいい。
こんな感じです。
で、文句も言えない50%オフ。それ以上のものもありますので。
アウトレッドのショッピングセンターのバーゲンは、さらにお得です。
高級ブランド品が、無印価格に下がるので。
冬のバーゲンは、このまま2月末まで続きます。




セビージャでのカバルガータ。

(7 Enero,2011)
  


さて、東方からの三博士が昨晩プレゼントを持ってきたので、
町中の子は今日はプレゼントをたくさん、もらいたてホヤホヤ日でした。
わが子は、12月24日に自転車をサンタさんからもらい、
(できない!できない!ど、ビービー言いながら
結局その場ですぐ周りの手助けもなく漕げるようになったという強情さを
親は再確認しました。もちろん補助輪つきですが。)
今日のこの日の「レジェス・マゴには何をくださいってお願いする?」
と、かなり前から、何度聞きだしても、
「ホセ・マヌエルとおんなじ時計!」と言うのでした。
ホセ・マヌエルとは娘の現在のスイミングの先生。
彼がつけている防水の腕時計のことなのです。
もっと受け取ったときのインパクトの大きなでっかいものを
希望すればいいのに、、、と、
日を変え、場所を変え、いろいろと誘導尋問しても、
やっぱり欲しい!というものはプールの中で使用できる腕時計なので、
とうとうピンクの防水時計がプレゼントされたのでした。
ちなみに時間の読み方などまるで知りません。
明るいから朝、真っ暗なので夜、そういう次元です。











セビージャでは、昨日の大規模な市役所管轄のカバルガータに続き、
6日はそれぞれの地区で用意するカバルガータが出ました。
セビージャ市内だけでも30箇所以上で行われたそうです。
そんな数が町中で出回っているわけですから、
道を歩けば、必ずカバルガータに出会うようなかんじです。
捜し求めずして、やっぱり遭遇しました。新市街の地区のものに。
急きょ見物することにしました。
やっぱり、ここでもボブ・エスポンハが登場。
今日はこだわって写真とっておきましたので。









地区のパレードは、引っ張るトラクター部分は、まるで隠されずに、
単なる畑の作業用トラクターのまま飾り気なし。
運転している人も畑作業と同じ格好。
どうも私としては、そういうところを見てしまいます。












カバルガータの山車が、街道に集まってきている人々に、
飴を投げるのですが、
まあ、通過後の道路のベチャベチャなこと。
車のタイヤも飴でデコレーションされてしまいます。
清掃車が一斉に道を掃除して、
一瞬にして道は元通り。









バルでも本日名物のクリスマスケーキを
お一人様サイズでショーケースに並べ、
カフェのお供に!
そして、街道の信号でポケットティッシュを売る
アフリカ大陸かたの移民たちも、
世に大サービスの王様に変身!
これらも風物詩です。





モンテフリオ村へ。

(6 Enero,2011)
  


昼間、携帯電話が鳴りました。
マドリードに住む知人の日本人男性から。
「いやあ、今メールを見たら、再来週に知り合いがセビージャに来ることになって、
ちょっと助けてもらいんだけど、、、」と。
事情を聞くと、日本の大手の会社が、セビージャの小さな会社にだまされていて、
数百万円未納のために話に来るので、その通訳を、ということでした。
「実はね、ボクは今アンダルシアにいるんだよ。モンテフリオの村。
今から王様やるんでねー。老人ホームとか廻るんだー。」と。
「なんでまた?」と聞くと、
「ボク、ここの親善大使やってるの。」と。
「へえー」と理由も聞くことなく、いい案が思いついたのでした。
時計を見ればまだお昼。









ここからモンテフリオ(グラナダ方面の山奥の村)まで、行けないこともない。。。。
王様をやるってことは、夕方からのカバルガータの王様として
大通りのパレードに出てくるわけで、
ちょっと見に行ってみたいかも。。。。
偶然にも、ちょうど我が家は一家総出(パパ、娘、犬3匹)で、
レジェスの日のロスコンを取りに来たところで、
クリスマス最後の1月6日に食べるケーキのことなのですが、
前もって予約していた郊外の村のパン屋さんに取りに来たところだったのでした。
その郊外のパン屋さんというのが、
またまたグラナダ方面に20分くらい車で走ってきたところで、
「いやあ、これは奇遇ですなー!じゃ、行ってみますか!」と、
楽しいこと好きなこのファミリーは、
そのままモンテフリオまで行ってしまいました。ロスコンのケーキを車に積んだまま。
ちなみにノンストップでも車で3時間ほどかかるところにあります。
なので往復でもざっと6時間。。。









急いでいたので、私のほうが運転暦も長く、(夫はセビージャで免許を取得した人。
私は成人前に日本で取得したものをスペイン版に書き換えた運転免許証)
走り屋の血が流れる私がダッシュで運転。
この街道はレーダーがたくさん設置されているので、その辺もコントロールしながら。
なので途中の写真はなしです。
モンテフリオ村への道は、途中からすごいことになります。
オリーブ畑の中の、街灯もまるでない、うねうね道。
その畑街道にも小さな村がいくつかあり、それらを通過していくのですが、
「Bracana」という村の看板が「馬鹿かな」と、
「Tocon」?という看板が「トント」(まぬけ)とか、錯覚して読めてきてしまうのでした。。。
「今から何するのおー?」と不思議そうに聞く娘。
「王様見るの。王様に会うの。今晩プレゼント持ってきてくれるように
お願いします!って言わなくっちゃ!」と説明し、納得。
さて、村に到着し、パレード開始。
セビージャのカバルガータは、東京ディズニーランドのエレクトリックパレード級の、
本格派の大型に対し、
こういう村のものは超お手製の学芸会級。









先頭は、ボブ・エスポンハ。日本では「スポンジ・ボブ」とか言うのでしょうか?
この国ではかなり流行っているアニメで、子どもたちの中で今すごい人気です。
娘もまっさに見つけ、「ボブ・エスポンハー!」と叫んでました。
私があまり好きではないので写真撮ってませんけど。。。
パレードの先頭だったというのが、さすが。黄色くて四角い全身が顔?のキャラです。
その後、王様が3人通過しましたが、どれも知り合いではなかったように見えました。
1番目も、2番目も西洋人だし、3番目の王様なんかまったく日本人に似ても似つかないし。。。
あれ?もしかして、違う村にきてしまったのだろうか????
と、かなり疑問がわいたのでした。
帰路、すべて終わって落ちついたと思われる時刻、
本人と連絡がつき、「いったいどの王様だったのか」をたずねると、
3番目の黒人だった、、、、と。
シャネルズ!もとい、ラッツ&スター!
私ら夫婦、「ありえないーーー、コレだけは違うぞと確信していたのにーー」とびっくりでした。
で、忘れていたこと、
「なんでまた、この村の親善大使なのか」を聞いたところ、
村の振興に貢献していて、
多くのイベントをこなすH氏は、
昨年も数件の日本人ウエディングをこの村で行ったとのことでした。












あ、ちなみに私の車はやっぱりまだ戻ってきてません。
やっぱりレジェスには間に合いませんでした。
なので夫の車で出かけてます。
夫の車はかなり早く数ヶ月前の事故から直っているので。
で、その事故現場には、墓標のようなものが立っていて、
生きてるんですけど、、、、本人。と本人を含め、この辺でつぶやいております。
ちなみに、夫は闘牛の事故で死んでしまったと思っている人もいるらしく、
たまにかなりオーバーに驚かれたりもしています。
観光客の日本人から私も、闘牛氏名で聞かれることがあり、
「えっとー、その人、うちに今いますので健在ですけど、、、」
というと、「えーっ???!!!」
と、かなり驚かれ、
「18世紀あたりの人だと思ってましたー」と言われたりして、
かなり面白いです。



1月6日に食べられるクリスマスケーキと言えばこれ、
「ロスコン・デ・レジェス」。
今年の我が家のは、本日の長旅にお供してくれたのでした。
ちょっとひびが入ってしまいましたが、帰宅後の姿です。




年明け活動開始。

(5 Enero,2011)
  


みなさま、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
こちらも年明け活動開始です。
ま、元旦は、ここ数年はずっと逃れられずに観光ガイドの仕事に出かけてますので、
我が家恒例の「初日の出を見に地中海へ!」は、ここ数年実行されずにいます。
が、どちみち個人的な天候統計的に、
元日の日の出が見られる確立は5割を切っているので、
案の定、2011年も小雨に始まりました。
よって日の出を見に行かれなくても後悔なし!です。
こちらは傘をさしながら、祝日で観光モニュメントも閉まっているという中、
元旦から、日本人観光団体を引き連れてお散歩でした。
小雨が曇りになり、午後には太陽も雲の向こうからのぞいたり、
なんだかにぎやかな天気の元旦でした。






ソニアジョーンズの工房に本日出かけてみると、
偶然にもサライが来ていたのでした。
黒と赤の衣装を2着作成中とのこと。
サライはカメラを向けられるのが好きなので、
「ジャーン!」とカメラを取り出すと、
ハッ!とポーズを取るのです。いつも。
お決まりのポーズですけどね。
もちろん、それが日本人向けにネットに載ることも彼女は承知です。
で、いつも彼氏と寄り添ってカメラに入ってくるんです。
で、いままでずっとその写真は載せずにいました。
衣装の撮影の時だってそうなんですけど、
彼を引っ張り出すんですわー。
彼氏がいると言うのは初期から私も気づいてました。
ずっとお友達と一緒に出歩いていたのが、
あるときから彼氏に代わったので。
サライから、写真載せていい!と言われていたのですが、
私のほうでストップしてたんですね。
現在サライ21歳、彼氏24歳。
若い二人、その時は本気でそう思っていても、
あとから傷つくことになるかもしれない、、、、
なんて、おばば(わたし)は冷静に思ってしまうので。
カップル暦だって、密度濃いのかもしれませんが、
時間にしたら超特急並みのスピードで、
ゴール?!




ずっと公には私は触れずにいたのですが、
もう今年の6月にこの二人の結婚が決まっています。
いやあ、若いお二人さんのことだし、、、なんて
私も思っていたのですが、
私自身が確信したので、書いていいのかな、という気になりました。
もちろん今日もしつこく本人に、
「ほんとに公表していいの?」
「ほんとに載せちゃうよ。いいの?ほんと?」
と繰り返し、
「載せていいってばー」とサライ。
いいのか、へスス(彼氏)。彼も合意の下。。。
二人がいいって言うんだから、いっか。
新年にプラスおめでたの2乗。
彼氏、へスス・コルバチョはカンタオールです。
べレン・マジャや、ロシオ・モリーナと長く仕事していたし、
今月はヨーロッパ内の仕事が続き、
来月は南米、と、それなりに忙しくしているようです。
一方サライは、足を痛めているらしく、現在休養中だそう。
ほらー!と、厚手の靴下を見せてきました。






ということで、新年早々、サライファンの皆様にご報告を、でした。
あ、サライのママより私のほうがちょっと年上ってのが、、、、。
私の気持ち的にはサライと仲間なんですけどね。
よく考えるとサライの両親と世代が同じってことでした。
私としては、この結婚に関しては、
サライのパパ、フアンにいろいろと心境を聞いてみたいですね。
サライは生粋なヒターナのはずですし、
へススはパジョ(ヒターノじゃない)のはずですし、
21世紀の新世代のカップルについて、
パパに語ってもらいたいところですね。
何かの機会に聞いてみようかな。


 
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