娘のお友達。

(27 Diciembre,2009)
   


うちの隣には娘と数ヶ月違いで同じ学年にあたるクラウディアちゃんが住んでます。
逆隣にはラウラちゃんが住んでいて、1歳年上。
でも娘はクラウディアちゃんには興味を示さず、ラウラちゃんのほうが好きみたいで、
毎日家を出入りするたびに「ラウラ?」と私に聞きます。
保育園に行く朝からラウラちゃんの家の前で「ラウラー!」と大声で叫んでいるときもあります。
娘はラウラちゃんが去年通っていた保育園に現在通っていますが、
ラウラちゃんは1学年上なので今はもう学校に通ってます。
3歳から学校の幼児部があります。この年齢は義務ではないようですが、
ほぼ全員3歳から学校に通わせます。日本の幼稚園のようなものですね。
それが小学校の中にあるようなものだと思います。
今日昼間、娘と外出先から戻り、
自宅に入るときにラウラちゃんのパパから呼びとめられ、
「今日夕方6時からラウラのお誕生日会だから来てね。」と娘が言われました。
夕方4時半ころにあわてて娘とプレゼントを買いに行きました。
6時にラウラちゃんの家のチャイムを鳴らし、
「お誕生日おめでとう!」とプレゼントを渡し、
次から次と他のお友達たちも集まってきて、
さてそろそろお誕生日会の始まり始まり〜という雰囲気になってきたときに、
娘はオネムモード。眠りはじめました。
大好きなラウラちゃんで、いつも一緒に遊びたくてしょうがないのに、
お誕生日会で遊べると盛り上がりすぎて、本番で眠ってしまった・・・という状態。
私もケーキ食べたかったのだけれど(本気で楽しみにしたいたのに)、仕方ない。退散。
ということで、ずっと大雨とどんより続きの天気で、この先もずっと年始も雨が続くという予報のなか、
お誕生日会のためか、今日だけ太陽が射しました。
久しぶりの太陽で「まぶしいっ!」と思った瞬間の、
お誕生日プレゼントを買いに外に出た午後4時半の太陽です。


 

そういえば、スペインの誕生日って、基本的に誕生日の人が周りの人に一杯おごったりします。
保育園でも、お誕生日の子は親がクラスメイト全員分の簡単なお菓子を用意しクラスで配られます。
娘も頻繁にお菓子を持って帰ってきますw)w)。駄菓子です。
毎回違うタイプのお菓子で、シンプルだったり豪華だったり。
写真は先日保育園のクラスメイトのオサイくんがお誕生日だったときに持って帰ってきたものです。
ブタさんの飾りつき。
これ以外に自分で膨らませる風船もついてました。
「オサイ」くんというクラスメイトのお友達がいます。
ほかに聞いたことない名前で、珍しいなあ、と思っていたら、
このまえたまたまオサイくんのリュックに「OSHAY」と書いてあるのを見て、つづりを知りました。
Hを発音しないからオシャイじゃなくてオサイなのかもしれません。
何語の名前なのかは知りません。今度オサイくんのお母さんに聞いてみようかなあ?
スペイン人は日本人のように自由気ままな名前をつけないので(聖人の名が多い)、
実はスペイン人じゃないのかなあ?





ベレン、赤ずきん?

(26 Diciembre,2009)
   


スペインのクリスマスは1月6日まで続きます。
娘の保育園の入り口に飾られているベレン、
園児ひとりひとりがお手製の人形を自宅で親たちに手伝ってもらって作り、
持ち寄ったものなので、大きさもタイプもまちまち。
うちの娘は羊だったので簡単でしたが、
いざできあがったベレンを見れば、羊もたくさんいるけれど、
なぜだか「赤ずきんちゃん」がたくさんベレンの中にいるじゃありませんか!




気になってましたが、
きっと授業でみんなで作った赤ずきんちゃんをついでに混ぜて飾ってるに違いない・・・
くらいに思っていました。
たまたま友人(スペイン人)との会話で、
「なぜだか娘の幼稚園のベレンに赤ずきんちゃんがたくさんいるんだよねー」と言ってみると、
「なぬ?どんな?赤い頭巾かぶってて、赤いスカートにエプロンしてる?」と聞かれ、
「そうそう・・・」と私。
「それって、赤ずきんちゃんじゃなくてパストーラ!!!赤ずきんちゃんって言ってるし〜アッハッハー」
と友人たち。パストーラ(女)、パストール(男)。羊飼いのことです。
たしかにベレンの中には羊飼いや農夫などがたくさん限りなく飾られますが、
なぜにここのはみんな赤ずきん?



 


子供たちの仮装でパストーラに変装するときのお決まりの洋服だそうです。
赤ずきんちゃんのようなスタイル。
子供世界で、パストーラ(羊飼い)と言えばこの赤ずきんちゃんみたいなスタイルなのだそうです。
なので子供用ベレンでパストーラ担当の子はこれなんですね。
劇風な仮装ベレンでパストーラに扮する時の服はこの赤いセットだそうです。
確かに店で売ってる子供仮装パーティー服のパストーラはこれです。
私にはホタを踊るアラゴン地方衣装にも見えますが。



大人用パストール&パストーラはこんな感じ



「メリークリスマス!」

(25 Diciembre,2009)
   



スペイン全土、大雨が続き、浸水のニュースが常に流れてます。
北のほうではホワイトクリスマスになったようです。
セビージャも夜中に土砂降りの雨に目が覚めるくらいの雷を伴った大雨で、
明け方まで一晩中降り続いていたはずなのに、
人々が外に出る時間くらいから、ぴたっと止むのです。
昨日も今日も、そんなかんじです。
なので足元がぬかる公園も、我が家3匹さすらい兄弟たちの散歩コースには楽園で、
新緑に黄色や白の小花が鮮やかに輝いてます。
我が家3兄弟が、久々に皆様にご挨拶を!ということで、
「メリークリスマス!」
スペインでも年々サンタクロースの姿を見かけるようになりました。
でもスペインではプレゼントは1月5日から6日にかけての夜に届く習慣は変わりません。
らくだに乗って東方から来る3人の王様(ロス・レジェス・マゴス)がプレゼントを持って来るのですが、
王様に何が欲しいかのお手紙を書いて投函するポストがデパートに置かれてます。
王様たちが歩き回ってお手紙回収したりする地区もあります。
子供と一緒にインターネットで王様に投函するホームページもあります。



我が家は日本人家庭なので、都合よく、
サンタさん(12月24日夜)と王様(1月5日夜)と2回のプレゼントを!という魂胆。
娘の保育園にはサンタさんもやってきました。
子供たちにお絵かきセットをプレゼントして行きました。
子供は正直なので、サンタさんが来てプレゼントをくれたことよりも、
さよならして行ってしまった!と言うことが一大事なようで、
その後、娘は「パパ・ノエル、行っちゃった・・・」とずっと私に言ってます。
サンタクロースはスペインでは「パパ・ノエル」と言います。
その日は、朝食も保育園で出て、普段持参するおやつも保育園で出て、
パパノエルが劇をやると聞いていたので、
きっと楽しいひと時を過ごし、最後に「アディオース」と去って行ったのでしょう。
行かないで欲しかった、ということなんだろーなーと理解してます。
さて、年明けにスペインの本格的なクリスマスプレゼントを持って来る王様たですが、
ガスパール、メルチョール、バルタサールの3王のうち、
子供たちに一番人気なのは、なぜだか黒人の王様「バルタサール」なのだそうです。




 




禁煙コピー。

(24 Diciembre,2009)
   


スペインは2006年の1月1日から禁煙法ということで、
タバコが制限されるようになりました。
具体的に、公共の施設(駅や空港など)にタバコ屋さんは置いてはいけない、
ということで撤退したり、街角で1本単位で購入できたタバコが、
箱でしか売ってはいけない(日本と同じ)とか、
バルやレストランで喫煙と禁煙の表示をつけるとか、
いろいろとコントロールされるようになりました。
が、来年の6月から更に強化されたルールを政府が発布することになるそうです。
というのも、
禁煙法はタバコの喫煙率を少なくすることを目的として発布されたのに、
2006年の発布年は前年比で少なくなったものの、
それ以降は年々喫煙率が上昇しているという、裏腹状態に陥っているのだそうです。
禁煙法発布以来現在まで、
スペイン人の喫煙率は、6,68%上昇。
男性4,73%、女性9,55%。
タバコの表示だって、日本のように「タバコの喫煙はあなたの健康を損ねます・・・・」みたいな
ゆるいものではなくて、
ダイレクトに表示されてます。でもお構いなしのようで、
ランダムに印刷されている、いくつかある文字のパターンも、
タバコ屋さんで購入している人は、こだわる人もいるようで、
「タバコはインポになります」という表示を渡された男性が、
「肺ガンに換えてください」とチェンジを求める光景も見かけます。



左、「喫煙は死ぬことになるかも」
右、「喫煙は命が短縮する」


右、「喫煙は死に至る肺がんを引き起こす」


「喫煙は皮膚を老化させる」




ネグリート。

(23 Diciembre,2009)
   


ソニアジョーンズの新しい工房の近くに、
いつも同じ場所でどっぷりと道端に埋もれているネコがいます。
でかくて汚い。(汚れている)
いつも日向ぼっこしていて、歩道の隅で丸まって寝てます。
ネコは人生の80%だかを寝て過ごすので、寝る子、寝子、ネコ、になった
と猫好きの日本人から聞いたことがあります。









この野良猫は、歩道の脇に置いてあるバイクに乗って昼寝したり、
自分のテリトリー内で自由気ままに生きてます。
誰が脇すれすれを通ろうがビクともせず。死んでるんじゃないの?!とこっちが驚きます。
犬が来ようがおかまいなし。そこは皆が歩く歩道です。一応、家の天井(日よけ屋根)付き。
住所は歩道。飼い主なし。という地区のセニョーラたち。
みなから食事をもらい、雨が降れば小屋も作ってもらってます。




いつもミルクを差し入れにきて、雨が降れば屋根付きダンボール小屋をそこに置いてあげ、
野良猫の住み着いている歩道の真上に住んでいるセニョーラが、
様子を見に小屋の敷物を整えにきていたので、
「このネコの名前は?」と尋ねてみました。
「私たちはネグリートって呼んでるけどー。」と。
ネグリートは日本語名だったら黒ちゃん、ってところでしょうか。
ちょうどそのときに通りすがりの男性が、
「動物に餌あげるくらいなら自分の家で飼うべきだ!ネコがかわいそうに・・・」
と、セニョーラに捨て台詞を投げて通り過ぎて行きました。
「なにー?かわいそう?とんでもない!このネコはみんなに愛されて食べものも不自由なく
私よりいい生活してるわよ!!!!」と怒鳴り返してました。
私も「ネグリート!」と呼んでみました。
「なんだよー!」って感じで、起き上がってこっちに向かってきました。
カメラを向けたら、「これでいい?!文句あるー?!」ってかんじで、
どアップになるほど近づかれて、こちらが引きました。







店名の由来は。

(22 Diciembre,2009)
   



なんだかすごい名前のバルがありました。
その名は「NO ME ARREPIENTO」(私は後悔しない)。
入ってみました。
普通バルの名前って、オーナーの名前だったり、そこの道の名前だったり、
オーソドックスなものが多く、
「バル・アントニオ」とか、「バル・マノロ」とか、よくある名前です。
中に入ると、そこは普通のバルでした。
普通と言うか、どちらかと言うと古典的な感じ。




どのようなところが古典的かと言うと、
まず、壁のタイルが途中で柄が変わっているところ、とか。
たぶん改築したときに同じタイルがなかったのでしょう。
そして、人の邪魔にならないところの頭上に大きなローレルの枝が置いてあること、とか。
そして、雨振りの午前、体を温めるためか、
雨を見つめながら一人赤ワインを飲んでる引退した男性がさりげなく居たりするところ、とか。
(赤ワインやビールは水やジュースよりも安い!)
店の人に「この店の名前はどうして?」と聞くと、
「以前のオーナーがオカマだったから!がっはっはー!」と。これもまた古典的。






 

どのようにかと解説しますと(私流にですが)、
バルの名前はオーソドックスなものを付けるのが一般的なのに、
洒落た名前(+)というか、小洒落た名前(-)というのか、
とにかくちょっと一風変わったことをしようとするのは、
男っぽくなく、女性的というのが含まれているかと思います。
こういう古臭い考えがベースにあるのも古典的といえるかも知れません。
こういうバルは大切にしたいですね。




作戦練ってみます。

(21 Diciembre,2009)
   



バルの奥で調理しているおじさんが、サンタさん帽子をかぶっているので、
望遠にして写真を撮ってみました。




クリスマスはずっと雨が続くようです。
マドリードの空港も雪で閉鎖していますし、かなり寒くなってます。
マドリードの劇場ではホアキン・コルテスが年末までずっと踊っているようなので、
見に行きたいのですが、娘がいるとそう簡単にも出かけていかれず・・・・。
31日の夜なんて、カウント・ダウンをホアキン・コルテスと一緒に!だそうです。
と、金額が少し高くなりますが、行きたい〜!!と思ってます。
が、たぶん行けません。
ホアキン・コルテスのことを「フラメンコじゃない!」と批判する人も少なくありませんが、
私は好きですよ。
逆に、大きな劇場を使ってタブラオのようなことをされても頭にきます。
見えないし、そんなのタブラオでやって!と。
ホアキン・コルテスはステージの端から端までめいいっぱい使って踊ります。
アホの坂田と同じ振りでステージを横断してもなぜだかカッコいい!
前に書いたことあるかもしれませんが、(過去に何を書いたか覚えてないので)
私が今まで見てきたステージのなかで、感動したものとはまた別に、驚いたものと言うか、
すごい!と思ったのが、
ホアキン・コルテス、ホアキン・グリロ、メルチェ・エスメラルダの3人の踊り手が
ひとつのステージに立って、
この3人が同じ振り付けでタンゴを踊り、
3人とも同じ振りなのに、3色ぜんぜん違う踊りが同時進行しているのを
ステージで見たことです。これはすごかったです。あれは一生忘れません!
いつもホアキン・コルテスのステージは楽しませてくれるので、
しかも最近あまり踊らないし、今回見逃したら、次いつ見られる?というのもあります。
う〜ん、31日は無理といしても平日バージョンでどうにかならないものか、
作戦練ってみます。車があれば犬たちも連れて一家総出するのですが、
なんせ、車が破壊中ですので。うーっ、憎き警察めー。

バルのサンタさん、「あっ!あそこにサンタさんがいるー!」と叫んでみたら、
こっち向いて笑ってくれました。
決して表に出てこない、調理場の人なのに、なかなか粋じゃないですか!と思いました。





セレブの待遇。

(20 Diciembre,2009)
   



大聖堂内で顔見知り警備員が、
自慢げに「トム・クルーズ来たよ」と。
で、「一緒に写真撮ったの見たい?」と。
もちろん「SI〜!」と言ってあげました。
ポケットから自分の携帯電話を取り出しアルバムのページに収めてある写真を見せてくれました。
トム・クルーズとその奥さんと一緒に自分(警備員)も写っていて、
ということは仲間に撮ってもらったということと推測できます。
勤務中でも全然関係ない模様。






「この警備員トム・クルーズと一緒に写真撮ったんですって〜」
と一緒にいた日本人に見せてあげたら、
「え〜っ!!!」と、その写真を写真撮る日本人。さらにそれを写真撮る私。
三重撮り?!
ついでにその日本人、その警備員と一緒に写真撮り始めるし・・・。
???何かが違うんじゃないか???
大聖堂の至るところの鍵を腰からぶら下げている警備員も、
所詮普通のセビジャーノ。
「トム・クルーズ大聖堂の観光オープン時間に来たの?」と聞くと、
「いや、全部閉まってから特別に開けた」と。
「キャメロン・ディアスも一緒に?」と聞くと、
「いや〜、それが、彼女はその前に一般観光客と同じに入場口からチケットを買って
入ってきたのだけど、やっぱり人にたかられて、ヒラルダの塔に登ったら、
人々が降りてくるのを待ち構えていて混乱状態になって、塔から降りてこれなくなったんで、
塔の途中の階にある非常扉を開けてそこから大聖堂の屋根裏を通って逃がしたんだー。」
と。




なのでそのあと、トム・クルーズには一般観光客の観光時間が終了してから、
ひっそりと観光してもらったのだそうです。
もちろん本人サイドから申請があったそうですが。
ハリウッド俳優たちには大聖堂も高待遇なのですね。
そんなに偉いんかなあ?とも思いますが。
大聖堂をコントロールする、許可を出す○○さん(女性)の個人的な趣味なんじゃ?
なんて思ってしまいます。
ミスター・ビーンが来ても同じような待遇で迎えてあげてよねー!と思います。
すべて一般人の騒ぎ方しだいでしょうか?



ノーベル化学賞受賞者などのほうが、より重厚な待遇を受けるべきとは思いますが。
あんなふうにハリウッド俳優は世界中で特別待遇なのですね。
で、アルフォンソ13世ホテルに滞在していたお二人(トム&キャメ)は、
撮影終えて、もう帰ったそうです。
と、本日のセビージャ通信はコティージャでした。
コティージャついでに余談、昔トム・クルーズが付き合っていたスペイン人女優の
ペネロペ・クルスは、名前が長いので、
スペイン内では「Pe」という表記のみで示されます。





100%ジモティー。

(19 Diciembre,2009)
   


雨続きのセビージャです。
ソニアジョーンズのセビージャ工房が引越しし、
以前に工房を見学に来てくださった方々をお連れしたときには、
さむ〜く、ひろ〜く、周りに特に何もない(つまらない)ところでしたが、
新しいところは明るく綺麗でブティック風、
しかも右隣に市場、左隣がバル!周りがすべて商店。
住宅街の中の商店街というのか、商店街の中の住宅街というのか・・・。
ほんもののセビージャ人の庶民レベルな生活姿が見られる場所です。
しかも外国人ゼロ状態地区。
実際に市場に行ったり、バルに入っていたりしても、
「こ、こういうのだったんだよー、私の求めているセビージャ人の本来の姿・・・」
と涙がちょちょぎれそうな、ごくごく普通の庶民レベル生活が見られます。




自分も外国人であることを完全に棚に上げ、
外国人が半分を占めているような地区もあったりするセビージャで、
どこもかしこも外国人に占領され、フラメンコと言ったって、なんだかなあ〜
と思うところが多く、TRIANA はもうだいぶ昔からインターナショナル地区?状態で、
へレスだって今ではぜんぜん田舎ではなくなってしまっていて、
フラメンコで世界に売り出そうと役所が力を入れてモダンに変わりつつあり、
ああ、もう残されたのはウトレラくらいか・・・と。
目指せウトレラ!(セビージャ郊外)と憧れを抱いている矢先、
市内のここにもまだ時代を感じさせない100%ジモティーの庶民生活があったのでした。合格!








バルに入れば、壁に昔の新聞の付録で集めたミニ闘牛士人形が
自家製専用ガラスケースに飾ってあったり、
昼間っからの酔っ払いが、ひとに絡むことなくひとり飲み続けていたり、
そういえば、ここはヒターノたちも多く住んでいて、
実はどっぷりフラメンコに出会えるかも知れないという地区に出入ることになりました。
うれしいかも。





忘年会シーズン。

(18 Diciembre,2009)
   



本日の天気予報は雨!と言うセビージャ、
午前中は霧で街が真っ白でした。
冬の朝の霧というのはすごく多く、
飛行機のフライトもかなり乱れます。
でも午前の霧は午後に晴れる!のシンボルなので、
本日も午後は太陽が出て晴れました。結局雨は降らないまま。
気象庁のホームページを見直せばセビージャの今日の天気予報は突然曇りに変わってました。
そんな直前というか、その場で予報を変えられても・・・ってかんじですが。
午後、街でティオペペ嬢の出勤姿を見ました。
もう「comida de empesa」の時期です。会社でお食事会、日本で言うところの忘年会ですね。
借り出されていくのでしょう、ティオペぺ嬢。



 

立食パーティーなどでシェリー酒を配る人です。
その姿で出勤ですから。
彼女らに限らず、こちらはどの職業も制服のあるところは制服で自宅から出勤してます。
デパートの店員、警備員、掃除婦、ペンキ塗り、、、、、
バスに乗っているといろいろな職業の制服を見ます。
唯一見ないのは病院の白衣くらいでしょうか。当たり前ですが。
さて、明日のセビージャの降水確率100%!天気は雨!だそうです。
ホントだろか?と疑ってしまいますが、さて。






夜中に地震が!

(17 Diciembre,2009)
   



雨が始まりました。
気象庁のホームページの天気予報は、この先1週間までしか載っていませんが、
本日より1週間、雨が続くようです。
そして寒くなりました。
日本で生活していたころ、一度コタツに入ってしまうと、
二度と出たくなくなり動けなくなる、というトラウマが残っていて、
私は今でもなかなか部屋の暖房がつけられません。
二度とその部屋から出たくなくなりそうで・・・。
なので着込んでます。
雨の外を写真撮るにも、寒いので窓すら開けず、ガラス越しに庭の写真を撮ってみました。
オレンジとレモンが日に日に色づいてきています。
午後雨がやんで、夜は珍しく街が霧に包まれ真っ白でした。
妙な感じだなあ、と思えば、妙続きで、
夜中に地震が!セビージャで地震!
ポルトガル最北西のサン・ビセンテ岬から100キロほど離れた海が震源地だそうです。



 


マグニチュード6,3だったそうです。
私は全然気づきませんでしたが、人々は「大型トラックが目の前を通っていったような振動で、
窓ガラスもガタガタと鳴った」と言ってます。
海が震源地の地震をスペイン人たちは「marmoto」マルモトと言い、海震の意ですが、
これは言葉の定義として間違った言い方のようです。
街の人々は、震源地が海だと「マルモト」、震源地が陸だと「テレモト」と使い分けている人が多いです。
「海震」は海上で揺れる波のことを差すそうで、
震源地が海の地震をマルモトというスペイン人は間違っているようです。かなり一般的。
よく考えれば、海の下も陸でしょ?と思うのですが・・・・。tierra が陸、mar が海、ですね。
地震がほとんどないので地震についての知識、認識、あまりないようです。
いろいろな新聞やニュースでは、きちんと terremoto と言う言葉で報告されてます。
皆、地震なれしていないので、夜中に役所の緊急電話に
セビージャだけで200件以上の問い合わせがあったそうです。


雨上がり、どんよりした午後の空。横着して自宅窓からの写真。



天気予報で雨続きと知り、あわてて購入した雨にも使えるブーツ。
靴と言えば高くても安くてもどれもこれも皮製!
ビニールの安いものを見つけるのが大変でした。




今日の徒然。

(16 Diciembre,2009)
   


11時開店の郊外のアウトレッドのショッピングセンターに開店ちょい前に到着。
先週末迷っていた半額の靴を買う決心して、開店同時に入ろうと。
で、驚いたことに、開店前に並ぶセビージャ人の8割以上が男性。
世の男性は働いていないのでしょうか???
たしかスペインの失業率は18%くらいだったはずですが、
それにしても買い物に来る男性が多すぎだと思います。





靴は既に売り切れでした・・・・。クリスマス前なので、商品の売れ行きがよろしいようで。。。
あの瞬間に買うべきだった・・・と後悔することなく、
きっともっと安くていいものが私を待ってるに違いない!と楽観的に。
水玉のネクタイに目がとまりました。パチッ!
その後、知り合いが新しく生地屋を独立して出したというので、見に行きました。
「ちょっと写真撮ってもいいかなあ?」というと、照れるように髪を整え始め、
「あ、あなたじゃなくて、水玉の生地・・・」
美しい男性よりも、私はやっぱり鮮やかな水玉に目がとまります。パチッ!
そして、本日の超目玉の発見!私の中の、一大事。
ラーメン屋!



 



中国人の経営する中国人が食べに来るラーメン屋を発見。
内装はごくごく普通のスペインバルなので、
もとスペイン人の経営するバルを中国人が買い取ったのでしょう、きっと。
そういえば少し前に新聞の記事で、
不景気で閉店になったセビージャの店たちの10数パーセントは、
中国人のショップになってるというのを見ました。
このラーメン屋の周りはチャイナタウンか?と思うような、
漢字の看板がたくさん並ぶ倉庫街。
店内では日本のラーメン屋のように、カウンターの椅子に並んで座る中国人が、
皆ラーメンを食べているのでした。で、5分くらいで食べ終わって出て行く、
まさにラーメン屋さんです。感動!
もちろん私も食べました。リピート間違えなし!です。
日本円にして500円くらいでした。
ちょっとお箸が左右逆向きに出されているのが気になりましたけど。






・・・ということで、まとまりもなく、本日の私の徒然なるままに・・・(午前中バージョンでした。
セビージャも突然冷え込み始めました。
我が家もついに今年のストーブ出しました。(今までなくても大丈夫だったのですが)




カーネーションをくわえて。

(15 Diciembre,2009)
   


今日は昨日とは、うって変わって、
フラメンコを含んだスペイン舞踊テーマパークみたいなタブラオに。(仕事で)
日本人ツーリスト用?と思うような、飽きの来ない内容にしてあるのに、
最前列で熟睡する日本人ツーリスト。
日本人グループ以外の国の人に、そんな人はどこの国の人にもいません。
どうにかならないのでしょうか、日本人の、この、どこでも眠りだす習慣。
「つまんない。眠くなる。」と言われてしまえばそれまでですが。
私も内容に嫌気が指すときもありますが、眠くはなりません。(十分な睡眠をとってるからか?)
せっかくの観光客向けに用意されている定番のオペラ・カルメンの寸劇、
このくらい起きて見ればいいのに・・・と思っても無駄。どんな大きなサパテアードの音にも
びくともせずに熟睡。
日本の外務省はパスポートを発行するにあたり、
少しコントロールしたほうがいいんじゃないでしょうか?
海外旅行ツアーに参加していいか、免許制にしたほうがいいのでは?(笑)
カルメン、本日もカーネーションをくわえてました。
スペインだとカルメンは赤いカーネーションを持って出てきます。
日本にいた時には、カルメンといえば赤いバラ!と思ってました。
そのきっかけは、やっぱり私の時代は、ピンクレディーの歌で「カルメン77」なんてヒット曲で、
「♪私の名前は、カルメンです〜。・・・バラの花、口にして踊っている〜♪」ってのがありました。



(歌えたら同世代かもしれません)
日本では、カルメンは赤いバラと思われているのが主流かと思うのですが、
ここスペインでは、カルメンはいつも赤いカーネーションです。
ジプシーといえばカーネーション。
で、オペラ「カルメン」も、スペインでは赤いカーネーションを使っている姿が多いようです。
でも、ビゼーの書いたオペラの原作フランス人メリメの小説を見ると、
カーネーションでもバラでもなく、花は「アカシア」という文字で出てきます。
私が持ってる日本語のメリメのカルメン本は、堀口大学訳のものですが、
「アカシアを一輪、唇の隅にくわえている」となってます。
きっと原作もアカシアの文字で出てくるものと思います。
でも今気づいたのですが、私の持っているその本のカバーの挿絵、バラのつぼみが1輪・・・。
では、アカシアの花なら何色か、というと、
原作には色が言葉になって書かれていません。
ただ、内容から理解できるのは、花の香りがキョーレツで、
ずっと長く花の香りが残る種類のようです。
そう考えると、本来のアカシアは黄色系でも、たいした香りがしないはずで、
一番キョーレツな香水のような香りを放つのが、オフホワイト色の花ニセアカシアで、
これが一番有力候補じゃないか?と仏文専門の友人との会話結果で出た私ら友人間での
考えです。
フランスやスペインに存在するアカシアを考えてもやっぱり、
カルメンの花は、白色のアカシア花だったのではないか・・・と。






フラメンコはこうであるべきだった!

(14 Diciembre,2009)
   


ほんと久々に、タブラオ、ロガジョに行ってきました。
きちんと言うと「ロス・ガジョス」ですね。
ガジョ(雄鶏)の複数形です。
これがもしも雌鳥の複数形名だったら「ラス・ガジーナス」です。鶏肉は「ポジョ」。
まあそれはいいとしまして・・・・、
我らの友サライが、ソニアジョーンズ工房のデザイナーの作った新しい衣装を着て
シギリージャを踊ると言うので見てきました。
彼女は毎日タブラオで踊ってますが、今日は誰が何を踊ると言うのは、
店に指示されるのだそうで、たまにバタ・デ・コーラで踊ることもあるそうです。






私は1部に行ったのですが、2部はタラントを踊ると言ってました。
サライが踊り終わった後、店の人が私の肩をつつき、
「サライが呼んでます」というので、ふと見ると向こうにサライがもう私服で立ってるんです。
ものの数分で着替えて、すました顔して手招きしてるのでついて行くと、
ロガジョの2階席へ。そこは通常、踊り手が他の踊り手の踊りを見たり、
人とおしゃべりしたりする空間です。これ伝統。昔からそうです。
ここ数年前からロガジョは、フィン・デ・フィエスタ以外の踊り場面は一切カメラが禁止されています。









なので、私もそれを守って、ここでは最後の場面のみで。
その代わり、ステージに立っていない、踊り終わったサライを。
そしたらギターのルイス・アマドールが一緒に肩を組んできたので、
「ホームページに写真出てもいい?」と聞くと、
「大歓迎!できたら僕をもっと黒っぽく写して!」と。かなりセンスのいいジョーク。
あれ?ライトの下では金髪に見えるほどの明るい髪と目の色、
でもアマドールって苗字はヒターノじゃないのか???と一瞬思い、
こういう色白ヒターノもいるのか?と気になったのですが、ま、いっか、と。
次に控えている男性踊り手ミゲルも、もう自分の番になると言う寸前までこんな風に
一緒になって写真撮ってました。
で、で、で、、、、、
最後に踊ったマヌエラ・リオス(私の中では昔からマノリと呼び続けていますが)が、
キョーレツだったこと。一段と怖さを増していて、もう魔女というか、
地獄の底から這い上がってきたような身の毛もよだつソレアでした。
左右の手で体の中の毒を撒き散らしているような手首を振り払いながらのピト、
あのピトから出される毒をかけられたら、内臓がよじれるような、こわ〜い雰囲気。
殺気立っていて、すごい切れ味。
踊りながら自分自身で叫ぶ、もれる声も、
完全に白雪姫などに出てくる魔女のヒッヒッヒ〜
って叫び、あれと同じのを叫びながら踊ってるんですよ。
完全に何かがとりついているような。。。
ペテネラじゃなくてソレアなのに・・・・と思ったほど。
個人的なお付き合いは全くないので、全然素性を知りませんが、
幸せなのか?大丈夫か?と本気に心配してあげたくなるほど、
ホラーフラメンコ状態でした。









こんなこと書いていると勘違いされそうですが、これがすごい踊りだったんですよ。
もしも私が今、踊りを習いに行くとしたら、
マヌエラ・リオスの扉を叩くかも、と思います。
なにか、フラメンコはこうであるべきだった!みたいなものを彼女に見ました。
抱え込んでる「ど不幸」を、踊りで吹き飛ばしてる人生!みたいな印象を受けました。
(注>実際の彼女の私生活は全く知りません。)
昔から彼女は踊りも衣装もいつも渋いですが、
数年前に子供用フラメンコ「不思議の国のアリス」を見に行った時に、
白いタイツはいて、髪を左右に横に耳上で結わいて、
仮装状態でかわいい踊りしてステージにいたのを忘れません。全然似合ってなかったですが。
そういう全然似合ってないジャンルも拒否せずに踊る彼女が気になります。
で、フィン・デ・フィエスタの時には全然怖くなかったので、
やっぱりあのソレアは、踊りだすと人格が変わるアルテかな、と。






クリスマス時期に。

(13 Diciembre,2009)
   


毎日クリスマスの話題ばかりが続いているのですが、
街がそういう流れ一色なので、必然的にそうなってしまいます。。。
で、今日もまた!と思われるかも知れませんが、
クリスマス・キャラバンに遭遇。
「クリスマス隊、若者の信徒会」という看板を掲げ、
楽団も付き添って歩く人たちも皆、子供以上大人未満、といった年齢層で、
募金箱の缶を持って道の歩行者たちに声かけながら、
楽団のクリスマス音楽で人々を引きつけてます。
私のところにも募金箱を持った女の子が来たので、
1ユーロだけですが入れてみました。









 

楽団の後方では大きな空箱も滑車で引かれ、
何これ?と聞くと、プレゼントのおもちゃなどを入れる箱なのだそう。
私が見たのはスタート地点だったので、箱の中がほぼ空っぽでしたが、
これから人々から集まるおもちゃで箱がいっぱいになり、
クリスマスのプレゼントがもらえない、かわいそうな子供たちへのプレゼントになるのだそうです。
孤児院にでも持って行くのかなあ?と思いました。
もう少し募金の額を多くしてあげたほうがよかったかな、とちょっと後悔。
で、その後、クリスマスのジャンボ宝くじ「loteria de navidad」を売るおばちゃんに出会い、
首もとのスカーフが白地に黒水玉。
フラメンカじゃないですか!
よーし、買ったー!


 

と、一緒にいた友人が2枚購入し、1枚私にプレゼントしてくれたので、
私も!と、私も2枚購入し、1枚友人にプレゼント。
なので、まだ今年のクリスマス宝くじを買っていなかった私は、
突然2枚の宝くじをゲットしたのでした。




キリスト誕生人形セット、BELEN。

(12 Diciembre,2009)
   


街を歩いていると、この時期は色々なところで「BELEN」の文字をみかけます。
クリスマスのキリスト誕生人形セットはお手製なので、
ホテル、会社、各家庭、公共の機関、いたるところでベレンが飾られ、お披露目しています。
目立たないところで豪華にベレンを飾っているところでは、
日本のお葬式の時に「○○家」という文字で矢印で道を案内するように、
BELENの文字も矢印付で、その展示場にたどりつけるように誘導されます。
今日、たまたま見つけたベレンの文字に誘われて行って見ると、
たどり着いた会場では、おじさんたちがドミノやってて、その奥にベレンが。
いったいここはどこ?と尋ねると、地区の集会所でした。




 

集会所にまでバルがあります。
バルには手書きで「モスト」の文字が。
モストとはワインを作る前の絞りたてブドウ汁ですが、
セビージャあたりだと、モストと言うと自動的にアルコール入りの若い今年のワインを示します。
秋にブドウを収穫して、ちょうどこのくらいの冬の時期に出回ります。
モストを注文したりする時は普通、アルコールあり、なし、まで言います。
アルコールなしモストを頼むと、瓶詰めのぶどうジュースが出されたりもします。
モストまで置いてるバルをもつ集会所のベレンが、これまた本格的で、
電気を使って、水車の水を回し、鍛冶屋では火に見える電球を使い、
朝、昼、夜とベレンをともす照明が常に変化し、人形も動き、ベレンに動きがあります。
毎年このクリスマス時期になるとおじさん2人で作成し、
クリスマスが終わると撤去し、毎年違うタッチのベレンを作るのだそうです。
あくまでもアフィシオナード(愛好家)で、ベレン作り専門家と言うわけではないそうです。
恒例の、おトイレ公開中人形もしっかりいました。









 





我が娘の保育園の入り口にも子供たちのお手製(もちろんほとんど親の作品)ベレンが飾られていて、
うちの子(私)の作った羊も!
乳児用の白い靴下にトイレットペーパーを詰め、体と顔を作り、
脚に髪留めの黒いピンを付けたら、細すぎで変だったので、そこにマカロニ(パスタ)を刺しました。
ピンは足つきボタンで留め、いらないクッションの中から綿を持ってきて、着せて終わり。
制作費ゼロ。お手製羊です。目立ってます。



募金箱。

(11 Diciembre,2009)
   



ソニアジョーンズでは、衣装で2010年のカレンダーを作ったようですが、
カレンダーと言えば、
セビージャではちょっとビックリで異色なカレンダーのお披露目会が行われました。
セビージャの女性警官、女性消防士、女性警備員などのヌードカレンダー。
12ヶ月分の12人を必要とし、募ったところ14名の女性が立候補し、
せかっくなので14人全員起用したとのことです。
地方警察の文化協会で販売しているのだそうで、
これはあくまでもONG(日本で言うところのNGO)の一環であり、
カレンダーの売り上げはアフリカへの基金にするのだそうです。
で、カレンダーの価格が5ユーロ。
安すぎではないでしょうか?と個人的に思いました。
これだとあまり大金が集まらないのでは?制作費がいくらなのか知りませんが。
でも高いお金を出して素人のヌードカレンダーを購入する人もいないかもしれませんね。
話題性はあるかもしれませんが、
アフリカへの基金に、ヌードになる必要があるのか少し疑問に思いました。
何か他のアイデアでできなかったのでしょうか?
ここ数年で毎年恒例になってきた、消防士や警官の男性ヌードカレンダー、
これから派生したものですね、きっと。
思いつくのは、日本のトラック協会あたりで売ってもらえば一番売れるじゃない?!
なんて気がします。昔のトラック野郎!なんていうイメージがあるのですが、
21世紀の日本のトラックは変わりましたか?日本離れて長いのでよくその辺りのこと知りません。




ここの国のトラックは、飾りは家族の写真かマリアさま像かその写真なので、
女性のヌードカレンダーを飾ると言うかんじでもありません。
募金するなら、ヌードカレンダーを売ったり買ったりしなくても、
街でいろいろなところに募金箱というのがあります。
見極めないと、個人の収入にしてしまうような偽募金箱もありますが、
大型スーパーマーケットのレジでも、安心の募金があります。
1ユーロ、3ユーロ、5ユーロ・・・・のように子供銀行のようなカードが置かれていて、
レジで買い物の精算の際に、募金する人は買い物のモノと一緒にそのカードを渡し、
肉、牛乳、パンなどをバーコードに通すように、募金のカードのバーコードを通し、
会計の中に募金額が計上されるというパターンです。
あとは原始的なスタイルの募金箱なども世にたくさんあります。(日本も同じでしょうけれど)
もともとチップと言う習慣があるので、レストランやバルで、
会計の後に小銭を上乗せして店に置いてきたりするので、
小銭を募金箱に入れると言うのは日本よりもよく見る姿ではないかと思います。





お祭り合体風景!

(10 Diciembre,2009)
   




 


毎日どの新聞でも、トム・クルーズとキャメロンディアスの映画撮影が取り上げられていて、
具体的な毎日の報告が書かれてます。
報告だけでなく、明日はどこどこで!など書かれていて毎日の撮影場所も公表されてます。
今日はトム・クルーズは駅のホーム9番線を使って撮影!
で、キャメロン・ディアスはオフだったので祭のパレード見物して写真撮ってるところを
逆に写真撮られていたり、など、
そして本日のサッカー・チャンピオンリーグの、
セビージャチームのサッカー場で行われる
セビージャ対グラスロー・レンジャース(スコットランド)との試合に、
トム・クルーズとキャメロン・ディアスも観に行く予定!というのも発表してます。
ここセビージャではアーチストも俳優も皆庶民的な扱いで、本人たちもフレンドリーですが、
外国人のハリウッド俳優たちをも自分たちの波に巻き込む!というセビージャ人です。
この冬の寒い時期に、今日はスコットランド人サッカーのサポーターがたくさん応援にやってきていて、
上半身裸で道を歩いてビール飲んでるじゃありませんか!
寒い国から来るとこういうことになっちゃうのかな????!!!と驚きです。
夏だか冬だかわからない混乱風景。
そして、昨日は撮影現場ではパンプローナの牛追い祭り(7月)の服装をした
白衣装に赤い首巻きの人をたくさん用意して撮影している現場に、
マリア様像が運ばれる祭り(地元の本物の祭り)の山車がルートの関係でそこを通過。
撮影は一時祭りの山車を通らせるために中断。
で、白赤のパンプローナ牛追い祭り姿で、
マリア様像の通過(3月のセマナ・サンタに同じ)を眺めるという異色な風景。
そこに、トム・クルーズの娘はフラメンコ衣装(4月フェリアのセビジャーナス衣装)で登場。



すごい季節がめちゃくちゃの、お祭り合体風景!
パンプローナとセマナサンタとフェリアが全部一緒にやってきたー!と。
「おーい、バレンシアのファジャ祭の火の人形が足りないぞー!」なんておちょくる地元人。
ここで、衣装好き人間に言わせますと・・・、
トム・クルーズの娘、スリちゃん、
ピンク色のペルフォラード(穴あき綿生地)のワンピースに、赤地に白水玉の靴。
この組み合わせは、地元人はしません。
衣装と靴の色の配合が、地元感覚ではないです。
でも世界のトップをいくハリウッド俳優の娘がそれをやると、
すごく斬新で新しい感覚だと思われることでしょう。しかもかわいいし〜。
衣装はセビージャフェリア衣装の老舗で作ったものだそうです。
靴は道端の観光土産屋か?まさか・・・。






修道院のお菓子。

(9 Diciembre,2009)
   




お菓子作りをしている修道院が、セビージャ市内に少なくとも7軒あります。
他に近郊の村に14軒ほどあり、修道女のお菓子は大人気です。
お菓子の箱には、その原料も細かく記載されていて、安心で安全。
これらのお菓子を盛んに食べるのが、このクリスマス時期です。
毎年セビージャではこのクリスマス前の連休に、アルカサール(王宮)内の一室で、
セビージャとその近郊の修道院で作られるお菓子を一斉に売ります。
私も毎年行くのですが、今年は最終日の3日目に行ったら、
私のお気に入りの「コルタディージョ」が売り切れになっていました。
ガックリくることも無く、サンタ・イネス修道院に行けばそこの回転扉の向こうで売ってくれるので、
まあ、出直すか!ってかんじです。




他のお菓子は買ってきました。
ちゃんと募金もしてきました。
トルタ・セビジャーナ、アルファホレ、コカダ、ジェマ、ネバディート、ぺスティーニョ、
ポルボロン、モスタチョネス、ロスコ・・・、お菓子の種類はたくさんあります。
最近の時代に対応して、ノンシュガーお菓子なども作ってます。
女性の修道院ではお菓子だけでなく、編み物で子供服を作ったり、
食品ではお菓子以外にも、いろいろな果物を使ったジャムなどもあります。
日本ではオレンジのマーマレードがジャム界のトップでしょうか?イチゴ?
この国では桃ジャムが一番ポピュラーです。
イチジクのジャムもよく見ます。私が好きなのは栗にチョコレートが入ったジャム。
これをパンにつけるとアンパンっぽくなるんです。
あとちょっと代わりどころで、カルネ・デ・メンブリージョって知ってますか?
花梨のお菓子ですが、赤い羊羹っぽいかんじです。



お砂糖たくさん入って甘くしてある花梨の羊羹。
で、これをどうやって食べるかと言いますと、
一番ポピュラーな食べ方は、フレッシュチーズと一緒に!
修道院のお菓子は、それぞれの修道院で直接買うか、
いろいろな修道院のお菓子を売っている売店が、市内に2つあります。
ひとつは大聖堂の正面玄関前のアーチを入っていったカビルド広場に。
もうひとつは、サンタフスタ駅内です。
日本の観光地のように、その土地の絵が入った饅頭とかクッキーとか土産屋で売ってませんが、
おみやげ物にセビージャから持って帰るのに、
この修道院お菓子、ちょっとオススメです。



修道院ではミサで使う「オスティア」(聖餅)をくりぬいて作ったあとの 欠片を袋に詰めて売ってます。


ポテトチップス感覚で大人も子供も食べます。





べレン。

(8 Diciembre,2009)
   



クリスマス時期になると毎年恒例の、クリスマス飾り売店が仮設小屋で作られ、
たくさん店が連なるその場所に人々は買いに来ます。
日本のクリスマスの飾り代表は、やはりクリスマスツリーでしょうか?
こちらは迷うことなく、べレン!です。
キリスト誕生人形セットです。
あえて言えば日本のお雛様セットのように、
お雛様、お内裏様、のベースに、
三人官女、五人囃子、と、どんどん規模を大きくしてピースを増やして行くことができるように、
キリストの誕生風景も、農場の動物たちや人、モノを置いて果てしなく大きくしていくことができます。







そのピースを売る店が出るのです。
我が家も娘が投げ飛ばすことを想定して、
落としても投げつけても壊れないゴム素材のセットを購入しました。
案の定、キリストのことは「赤ちゃん!」と呼び、ベットごと移動させて運んだりしています。
保育園でも課題が出され、この連休(6日憲法記念日、8日無原罪のお宿りの祭日に加え、
アンダルシアは7日が振り替え休日として休みでただいま大型連休真っ只中)に、
保育園が飾るべレンのピースを園児がひとつずつ家で作ってくると言うもので、
もちろん親たちがほとんど作ることになるのですが、
店で買ってくるのではなく、お手製で自宅で家族で製作するというものです。
我が娘には羊!が当たりました。
あー、よかった。。。って感じです。羊なら、綿を貼り付ければどうにかなるので。。。
他のものは大変ですから。。。







セビージャと日本は近い。

(7 Diciembre,2009)
   


セビージャにいると、よく日本人はその辺のスペイン人に話しかけられたりします。
「僕も日本の血が入ってるんだ!僕の苗字はハポン!」という人に出会います。
もう何十人にもそういう人に出会っているので、
こちらとしては「またですか・・・」くらいに思ってしまうのですが、
先方は一大事のように言ってくるので、こちらも一応オーバーアクションで反応します。
彼らは親日感情をすごく抱いていて、熱く語ってくれたりします。
17世紀に仙台からセビージャの郊外コリア・デル・リオの地に
船でやってきた慶長遣欧使節団の支倉常長一行日本人の末裔と考えられている人たちです。



彼らの苗字がハポン(日本のスペイン語)です。
苗字のなかった日本人たちがハポンと名乗るようになったという説が有力だそうです。
現在このハポン姓を持つ人がコリア・デル・リオの村には600人以上いるそうです。
1992年に宮城県がこのコリア・デル・リオの村に贈呈した支倉常長の銅像が、
川(グアダルキビール)を眺めるように建てられてます。
ハポンさんや日本人にはこの銅像は重みあるものですが、
その辺の若いガキたちにはケンタッキーのおじさんと大して変わりない存在で、
常に落書きやいたずらが耐えません。
ちょっと気になったので、10数年前の写真を引っ張り出して見てみました。
そして、今日、セビージャから車で15分ほどのこの村に行って写真撮ってみました。
昔は支倉常長が乗っている台、コンクリ色だったのに、現在真っ黒に塗られてます。
たぶん落書きを消すためでしょう。消すのではなく、多分黒く塗りつぶしたのだと思います。



で、後ろ姿、過去のものは刀が見えましたが、
現在は、前から見ると刀を持ってますが、後ろ側は盗まれてます。
そして、かつてあった「支倉常長像」の文字のプレートは、盗まれたのか、
引き剥がされた跡があります。
裏側に確か、航海の詳細を説明する地図のプレートがあったはずですが、
それも無くなってます。家紋もあったような記憶がありますが、それらもありません。
で、これらが反日感情かと言うと、私はそうではないと思います。
闘牛場の前にあるクーロ・ロメロ(闘牛士)の像も、剣が盗まれたり(その後再度とり付け)、
マエストランサ劇場のモーツァルト像が持っているバイオリンの棒ももう何年も無いままです。
単なるいたずらと思われますが、特別の思い入れがある人にはたまらないですよね。
実際に、遠い日本の仙台で、
この像の行方をすごく気になっている方たちがいらっしゃると言うことだったので、
車ですぐのところに住んでいるので、見てきますよと言うことになり、行ってきたのでした。



支倉常長関係を深く知りたいかたは、検索でたくさん出てくると思います。
長くなるのでここでは書きませんので。。。今ではポピュラーな話です。
でも説はたくさんあり詳細はまちまちで、
仙台から船に乗り込んできた人数も、180人くらい、とか、
そのうち最初に立ち寄ったメキシコに残った人数とかも推測でアバウト、
コリア・デル・リオに残ったのも30名ほどだとか10人に満たないとか色々説があります。
用意したベットの数の記録などもデーターを作る参考になっているようです。
仙台藩士や幕府派遣の武士なども数十名乗っていたようなので、
「どうせ僕らは支倉に仕えた奴隷の子さ」なんて悲観するハポンサンたちには
聞かせてあげたいこともたくさんあります。
1995年にミス・スペインになった、マリア・ホセ・スワーレス・ハポンさんのお顔は、
やっぱりハポンさんだけあってか、どこかエキゾチックな美しさがあり、
彼女のお母さんから実際に聞いたのですが、
彼女は下に妹が2人いて、3姉妹のうち、彼女にのみ蒙古班が出たのだそうです。
ハポン姓の子供に、お尻に青いあざが出て来るケースがあるそうです。(ヨーロッパ人には出ないので)
そして、ここコリア・デル・リオはスペインでも有名な稲作地帯です。
う〜ん、やっぱりセビージャと日本は近い。。。




 




セビージャ男性スタイル。

(6 Diciembre,2009)
   


「サラリーマン」という言葉はここでは言わないので、
「オフィス仕事の男性」とでも言いましょうか、まあ日本で言うところのサラリーマンです。
ここセビージャでは日本のようなスーツ姿の男性たちは存在していても、
Yシャツやネクタイの色は、日本のように地味な色ではなく、派手派手です。
レモン色のシャツにピンク色のネクタイだったり、
ピンク地に白く細い縦じまラインのYシャツに黄色ネクタイとか。
で、バルで目の前にいた男性、
薄めの青色(水色に近い青)シャツに真っ赤なネクタイだったのです。
赤の色も日本の印鑑で使う朱肉のような赤。
思わず「日本に写真撮っていいですか?」と言い出してしまいました。
「ポル・ケ〜?」(なんで〜?)と聞くので、
「日本で赤いネクタイしている人ってまずいなくって、みんな地味な色なんですう〜」と言うと、
「僕、銀行員だからー。僕の銀行の色!」と。
「あ、○○銀行ね」と即答してあげられるほど、
まさにその銀行のシンボル「赤い色」ネクタイですが、
制服ということではなく100%有志です。愛社精神ってものです。
だったらシャツも白にして徹底すればーと言いたいところ、
青いシャツに赤いネクタイは完全に彼の趣味ということです。
で、髪はオールバック。
ちょっと首を反対に向けると、別のタイプのおじさんが、ビール飲んで葉巻吸ってました。
で、この男性のジャケットが、金ボタン!これもスーツと同様、出勤スタイルです。
金ボタンと言えば、パイロットとか吹奏楽の楽団の服、海軍というイメージもありますが、
これで普通のスーツと同様です。
どうも紺ブレというと、20年以上前に日本でも流行って、
田原俊彦と中山美穂がペアルックでハワイから戻ってきた紺ブレ姿などが記憶によみがり、
古臭いイメージがあるかも知れませんが、



これら、いかにも!!!のセビージャ人スタイルで、
夏なるとこの人たちは皆、靴下を脱ぎ、素足で皮靴を履き、石田純一スタイルになります。
石田純一は季節関係なくオールシーズン素足+皮靴のようですが、
この人たちは夏のみ。日本では素足に皮靴スタイルは石田純一の専売特許のようになってますが、
ここセビージャ男性は大昔から夏みなそれです。
ただ気になるのは、セビージャの夏は湿気なくなりますけど、
日本、湿気すごいですよね。石田さんの足、臭くならないんでしょうか?
仕事で長期滞在していた日本人中年男性が語ってくれたのですが、
スペインで長期滞在しているうちに水虫が治った!!!と。
日本は突然どこで靴を脱ぐ場面に出くわすかドキドキものなので、
(ひとの家とかレストランの座敷とか)、足が臭いと落ち着いて生活できなそうですが、
ここは土足生活で、自宅で靴を脱ぐ以外に外で靴を脱ぐことなどまずないので、
その辺安心。デパートの試着室なども土足です。
ということで、たまには、の、男性スタイルについてでしたー。


 





造幣局があった場所。

(5 Diciembre,2009)
   


住民票のアレンジに行ってきました。
2歳の娘に「2年ごとの住民登録延長をしていないのであなたの滞在許可期限は切れました」
という内容の通知が市役所から届いたので、あわてて更新手続きに行ったのですが、
書類書き込んでサインして、居住許可証のカードのコピーを添えて提出しただけで簡単に済みました。
外国人は2年ごとに住民登録の更新をするという決まりは、
どうも合法に長期滞在している永住権所有者は対象外のようです。
人生新米の娘もこれでクリアーできたようです。
その住民票更新登録のオフィスがあるところが、これまた由緒ある場所で、
〜〜




コロンブスがセビージャの川を出発しセビージャの川に戻ってきて、
新大陸との貿易が始まり、植民地貿易の独占権を所有し、
大航海時代と呼ばれる時代にセビージャはスペインで一番の商業都市で、、
マゼランの世界一周などもセビージャを出発し、
セビージャが乗りに乗ってた16世紀ごろ、、、、




〜〜
こんな黄金時代、
新大陸から入ってくる金銀を鋳造していた造幣局があった場所です。
当時はイベリア半島の8割ほどの金銀をここで鋳造していたということです。
19世紀にマドリードに造幣局ができて、セビージャのものが閉鎖になるまで盛んに稼動していた
セビージャの造幣局。
今ではその場所がそうであった、というだけで、唯一昔のまま残ってるのは
18世紀に作り変えた入り口の壁のみ。それもここ数年修復工事中。
なんかすごいものが残っているんじゃないか?!(お金落ちてるとか?)と足元を見たり、
周りをきょろきょろしてみても、きれいに改装されていて、古いイメージはありません。
造幣局がここに16世紀にあったというメモリーの現代タイルが新しくされた壁に貼られているくらいです。
数年前にビエナルの予約チケットのオフィスもここにあった記憶があります。
すぐ隣が路面電車も走る、大聖堂前の大通りなのに、
一本裏のこの道は、人通りもほとんどなく、静かな落ち着いた通りで、
大通りに立つ大道芸人が着替えたりしていました。
街の中どこをとっても歴史深い場所だったりするこのセビージャはやっぱりスゴイ!
今日の写真はすべてこの場所、もと造幣局のあったところのものです。


本物と偽物の見分けかた。

(4 Diciembre,2009)
   


スペインに住んでいる日本人は、
登録をすると、マドリードの日本大使館からメールで色々な連絡が届きます。
最近は新型インフルエンザの流行状況ということで、
統計データーの更新が数日ごとに入ってきてますが、
もうそのテーマで60通を超えました。
申し訳ないですが最近はもうタイトルを見て、内容は斜め読みになってしまってます。
それとは別に、定期的に、スペイン各土地で起こった日本人の被害届けが
土地別に具体的な被害内容などを沿えて報告されてきます。
あまりセビージャでの被害は見ませんが、やはりマドリードやバルセロナが多いです。
で、「バルセロナでの偽警察官による詐欺等に関する注意喚起(バルセロナ)」というタイトルで
メールが入ってきました。
これは目が覚めました。
下記にその内容が書いてあるページを記しておきます。

http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info.asp?num=2009C373




偽警官が偽の警察手帳を提示して、日本人観光客にパスポートやお財布の提示を求め、
財布の中から札を抜き取ったり、クレジットカードを抜いて、
その上に「暗証番号をここに打て」と携帯電話を差し出して打たせたりするらしいです。
それがまた、巧みな手段で、プロですから、
日本人観光客が疑らないように、おとりの外国人もグルになっていて、
最初にそちらに提示を求め、次に日本人・・・とかやったりするらしいです。
そういうのが多発しているのだそうです。
実際に私の知り合いの家族も、数年前にバルセロナで私服警官を装った人に
「ドラッグのチェックをする」と言ってお財布を出すように言われて、出してしまい、
案の定紙幣を抜き取られたそうです。
警察証(偽)を見せ付けたのだそうです。
数ヶ月前にも、日本人観光客がコルドバ観光中、メスキータの中でか、その周辺でか、
掏られたので具体的な場所が断言できないそうですが、財布やパスポート、航空券など
すべての貴重品が掏られました。
その後、現金のみが紛失したものの、その他の書類関係は
メスキータ近くの家庭のポストに投げ込まれ、
自宅のポストで受け取った人が警察に届けたので現金以外は戻ってきたという事件がありました。
で、その被害者は旅行会社のツアーに参加していたものの、
私はそのかたの直接のガイドではなかったのですが、書類の中に、
旅行会社ガイドリスト一覧表というのがあり、そこに私の名前と携帯電話番号が書かれていたらしく、
警察が、どこに連絡を取っていいかわからず、私に電話してきたのでした。
コルドバの警察官です。
本人がコルドバの警察まで取りに行くべきところ、観光客はハードスケジュールで土地を移動していて、
そう簡単に取りに行くことはできないところ、
たまたまその警察は仕事でセビージャに明日行くからセビージャで渡して上げる!と言ってくれたのでした。
私がその警察官と会って受け取ることになりました。(もちろん正式に代理人のサインなどを経て)
指定の時刻、指定の場所に行きました。
出てきた2人組みの警察官は私に警察証を一瞬見せました。
ホント?と思うような、50%以上疑う容姿の警官です。しかも私服。
で、どう見てもその辺の大学生のカッコいいおにいちゃん二人。
これ、私が受け取る側だったので、問題なしですが、
もし逆の立場で、突然この人たちに財布出せなんて言われたら、私は絶対に出しませんね。
で、捕まってしまったりして?もしそうなったら、
「あなたたちを警官と信じがたいので警察に行って他の警察官と一緒にそこで見せます」とか言ってみますかね。
本当の警察官は警察に見えず、偽者はより警察官っぽく振るまっているのですね。
よく私服警官が街に出てます。制服の警察官たちと合流して話していたりするので、わかります。
私服警官は、より普通の人に見える人が素朴な格好して警備しているのですね。
日本人はスペインで被害を受けているケースが多く、
でも決して日本人に盗まれた!とか、日本人にやられた!とか、
一度も聞いたことないので、スペインには日本人の悪い人(犯罪者)っていなそうですね。
他の国の人たちには、ウジョウジョといますが。
盗まれることはあっても決して盗んだりしない日本人は素晴らしい!です。
私は、ある東洋人に「100万円であなたのパスポートを私に売ってくれ」と頼まれたことがあります。
もちろんその場で断ってますが、
「あなたは紛失したって言って再発行してもらえばいいこと」なんて言われたんです。
驚きましたね、その感覚。
「あなたは私の妹に似ているのであなたの写真のままで私の妹はスペインに来れる!」と。
他国の人たちには、そういうギリギリのラインで生きている人が多いのですね。



長期滞在していると。

(3 Diciembre,2009)
   


郵便局からの書留郵便などが不在の際に届くと、
自宅のポストに紙切れが入っていて、それを持って翌日以降に
郵便局に取りに行かねばなりません。
この国の郵便局は黄色です。ポストも黄色、郵便やさんも黄色です。
娘(2歳)の名前で市役所から書留郵便が届きました。
代理人として私(母)が取りに行きました。
娘の身分証明書を持って。
こちらは外国人も全員サイン掲載の身分証明書を所持していて、
人間に番号がついています。
日本のパスポートではパスポートを更新するごとに番号が変わりますが、
この国の身分証明書は、期限が切れて更新しても番号は同じまま。
役所のコンピューターで番号を入れると、その人のデーターがすべて出てくるようになってます。
郵便局の窓口で、あなたと娘さんの関係の証明ができないので、リブロ・デ・ファミリア持って出直して。」
と言われました。



リブロ・デ・ファミリアというのは、スペインのどの家庭にもあり、家族の関係が証明されている冊子です。
日本では戸籍謄本の写しを役所に申請したりしますが、
とりあえずそれが簡単に書かれている持ち運び用の家族証明手帳があります。
そしてこのリブロ・デ・ファミリアの番号と言うのがあり、
その番号をコンピューターで役所が見ると、
その人の出生届けの明細とか(生まれた病院の住所や時刻など)詳細が記載されて出てきます。
それを持って出直して、受け取った市役所からの娘宛の通知は、
「外国人は2年ごとに住民表を登録更新するという法律があります。
あなたは2年以上たったのに再登録していません。」と。
なぬ?そんなの知らなかった!し、私ら夫婦は17年目の滞在で、一度もそんなことやったことなかったはず・・・。
2歳の娘がなぜにこんなものを受け取らねばならないのか!
市役所に聞きました。
私は知らずに他の書類系をいじっている際に再登録したり無意識にしていたのか、
いままで通知を受けたことがありませんでした。(たぶん)
「我が家は合法に皆滞在してますけど?」とカードを見せたら、
「そのカードと住民登録は関係ありません」と言われてしまいました。


 

「どうしたらいいのですか?」と聞くと、
「一家で合法に滞在しているカードを持って役所に行って更新してください」と。
な〜んだ、それだけで済むのなら明日にでもすぐ!と。
スペインに長期滞在しているかたたち、そんなルール知ってました?
外国人は2年ごとに住民登録延長手続きするんですって〜。
一方、別の方面からは、スペインで生まれた外国人は、
1年以上の合法の滞在があればスペイン国籍が獲得できると言われました。
娘はこの国で生きていくにあたって、
どのような形が一番よいのか考えています。
学校の奨学金などは国籍がないと対象にならない、と聞きましたし、
でも日本の国籍は失いたくないですしね。
課題はたくさんです。




大興奮状態!

(2 Diciembre,2009)
   


セビージャは素晴らしい!
この雨季の時期に雨は必要ですが、
夜中に降って昼間は晴れるというパターンがすごく多いのです。
これは人々にとって理想的です。
私は科学的な説明ができないのですが、どういうわけか、そういうパターンが多いです。
雨だと犬の散歩も十分にできなくて、日本のような都会のアスファルトと違って、
こちらは土が多いので、足元ぐちゃぐちゃになります。
靴も雨天用、雨あがり用を履き替えないと、水たまりと泥で靴もドロドロになります。
雨上がり、犬たちを公園に連れて行きました。



雨で公園のどんぐりも一気に落ちたようで、ああここに黒豚を呼んであげたい!と思えば、
我が家の白モグラ「トポ」が必死に実を食べてるではありませんか!
一方、ドン・フアン「エドゥー」は、公園にいた犬たちはたまたま皆オスだったのに、
ボクシングのような遊びから、絡み合いになっていきました。大興奮状態!
繰り返します、みんな♂です。




クールな「ウゴ」は一人別行動。勝手にバスで帰ってしまったのかと思いました。
気づいたら公園での写真はエドゥーしか写っていなかったので、
帰りに立ち寄って私がケバッブを食べたときに車で待っていたときの犬たちの写真を撮ってみました。
帰宅して、あれ?トポがどこにも写ってない!と気づき、
「トポー!写真撮るよ〜」とカメラ向けたら、顔を隠すのです。
手が小さいから見えてるよ〜っ。



 



教育環境。

(1 Diciembre,2009)
  


今日、日本人観光団体を引き連れているときに、
スペイン人の子供たちの学校の課外授業団体と一緒になりました。
日本人、このご時世ですから、新型インフル対策にマスクつけている人が多いのです。
スペイン人、マスク付けている人いません。スペイン人だけでなく、
セビージャの中で、日本人観光客以外にマスクしている人いません。
子供たちが「キャー!グリペ・アー(新型インフル)が来た〜!」と叫びながら、
日本人をおちょくるように逃げるのです。
スペイン人の子供たちにしてみれば、マスクを付けている=保菌者、なのです。
私も立場上、日本人に「マスクとった方がいいですよ」とも言えず・・・。
そのからかい方があまりにもしつこく、冗談の度を越えているので、
引率している先生に文句言おうかと私は思ったのです。
もちろん子供たち本人に直接言いましたが、逆効果でした。
すまして「なんていう学校ですか?」と引率の先生に言うと、「うちはろくな学校じゃないんで・・・」と。
私としては先生は自信に満ちて自分の学校を名乗るだろうと思ったのですが、
そう出てこられてしまいました。
私も「そうでしょうね、かなり態度悪いですもんね、
うちの娘をこの学校に送らないように学校名を聞いておこうかと思ったので。」と言うと、
「そう、やめたほうがいい、うちの学校は、最悪。」と言うのです。
これが午前の話で、かなり幻滅してました、私。
それを身近のスペイン人に話すと、「今の時代はどこの学校も同じく、先生もみんなダメーっ!
昔は学歴を持つのは政治家になるためとか言ったけど、今の政治家は学歴もない、
ということは政治家すら学歴関係ないんだから、学校に求めるものはほとんどないーっ!」
と豪語したのでした。しつけは家庭で行うもの、と皆言います。
我が娘の未来は大丈夫か・・・なんて不安になり一日が終わりかけた夜、
大どんでん返しのハッピーにさせる電話がありました。
10年以上ぶりの人です。
私がここセビージャに住み着き始めたころの友人です。
その昔、フラメンコの踊りを習うと同時に、
私は公立芸術学校に通っていました。これ、編入試験で途中から入ったのw)w)ですが、
その音楽院に通っていたんです。
で、スペイン語で音楽の授業は難しいです。
音符用語を含め、専門用語も全部スペイン語ですし、おまけにへんてこりんなスペイン語もあり、
例えば、ショパンをチョピン、バッハをバックと言ったり、
そんな風に、驚きのスペイン単語がたくさんあるので私は個人的に家庭教師をつけてたんです。
その家庭教師は、優秀な生徒(年齢は私よりも若く、でも先輩)で、
大学の医学部の生徒と音楽を平行していたのを、音楽のみに選び、
ロシア、ドイツ、ウイーン、いろいろな国に留学もし、音楽の世界をこよなく愛していました。
クラシック音楽です。
ジャンルを取り払って、オールマイティーに音楽を愛する私はその彼に、
「クラシックの世界で食べていくのは大変なのに・・・しかも専門がピアノだし・・・・、
オーケストラにピアノ要らないし、いても一人だし、定職も大変だし・・・」と思っていたんです。
が、
10年以上ぶり(もしかしたら15年くらいたってるかも知れません)に電話をもらい、
近況を報告しあうと、彼は、セビージャの郊外の村に新しく公立の音楽と舞踊の学校を立ち上げていました。
すごい有能な教育者になっていたのです。しかも現役の演奏家。
スペイン内でもトップの若手音楽家になっていたのでした。
いろいろな活動歴を見ると、カルメン・リナーレスの名も出てきました。いつの間に・・・・?!
そして、これが、どーしてくれよう!!!!ってくらい、カッコいい男性なのです。
内面もルックスも。
今回の電話をきっかけに近々お茶することになると思うのですが、
あまりにもカッコいいので、お茶しづらいんです。
向こうもパパになっていて、こっちもママですが、向こうはハリウッド俳優並み。
こっちは生活に追われているおばさん。しかも芸術の場から離れきってて・・・。
でも真剣に語り合うこともたくさんあるので、一度会うつもりです。
彼が言ってました。スペイン語のEDUCAR(教育する)という言葉の語源はラテン語で能力を引き出す、
導く、という意にあるそうです。
新しい世代の子供たちの能力を引き出す公立の芸術学校を設立し(ディレクター)、
若者のオーケストラを作り、音楽活動をしている有能な教育者の友人がいることをすごく誇りに思います。
私が通っていた音楽院では、美術史や芸術史を学んだりもしましたし、
たとえばミイラの作り方なども授業でありました。
グレゴリオ聖歌を歌ったり、楽器はピアノで所属してましたが(ギターは弾けないので)、
かなりこの学校での学生生活は楽しかったです。
大人もいますが、普通は大学と同じ扱いで子供たちが通うので、
15年以上前の話ですが、その当時さえ私は十分に年齢が誰よりも高かったです。
私も頑張らなくちゃ。何を?とりあえず掃除からか?(←意味不明?私の現実です。)



今日の写真は、朝食のバルのテーブルクロスが紙で一回ずつ取り替えるものなので、
娘がぬりえしたりして、ボールペンを与えておけば大人がゆっくり朝食取れるというものです。





 
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