袖口の大きい衣装、気になります。

(31 Enero,2009)   

SIMOFの会場からです。
週末は会場にはウイークデーよりさらに人が集まり、
少人数でも騒音を発するセビージャ人ですから、
大群だとそれはそれは騒がしいものです。

今年の新しく見られるアクセサリーの傾向として、
ペイネタを表裏逆に着用するというのがあります。
ペイネタの緩やかなカーブが頭のカーブと逆になるんです。
それ用に作ってあるので、
ペイネタだけを見ると、裏側に装飾があるように見えるのですが、
正面から見るとそれが見える状態。
後ろから見てもちょっとだけ飾りがあるように気遣いもあります。
知らない人が見たら、
「あら、あなた、ペイネタ表裏逆よ!」なんて教えてくれちゃったり・・・・
の可能性もあります。
あと、ペイネシージョ(ちっちゃいの)複数刺し。
2つつけたり、3つつけたり。




マントンシージョの世界では、
シルクの紐で編みこんでフレコまで続くものが最近の新しい流行です。
なのでマントンシージョとしてかけても、ベースの衣装が透けている状態です。
普段の外出時にも使えます。
そして、首もとのフレコ。これですね。
これは優れもので、
どんな奇抜な斬新な衣装にしても、なぜか首元にフレコをつけるだけで、
トラディッショナルなイメージを持たせることができます。
エレガントになれます。
衣装と同色のフレコをつけているのをコントラストよりも多く見ます。
さりげないお洒落ですね。同色だと目立たないですから。




会場では、フラメンコにまつわるグッズも売ってます。
出展しているブースごとに装飾を自分たちで考えているのですが、
どれもフェリアのカセータを意識したような、
伝統に逆らわないラインです。
が、一軒だけ「おいらは超斬新だぜっ!」と言いたいんだろうなー
というにおいがムンムンの奇抜な原色、誰もこんな衣装着ないでしょ???
という男性デザイナーのブースがありました。
前を通り過ぎるスペイン人たちは「こいつらのライセンスを剥奪しろ〜」
とぼやきながら白い目で見るのでした。
なんでもオッケー精神の寛大なスペイン人も、フェリアに関しては厳しいんですね。




衣装としてはやっぱり袖口が大きいのが気になります。
あとファルダのラインが、マーメードのシルエットという定番のラインと、
数年前から出回り始めているカナステーロのラインを合体させたのが
最近始まってきているラインです。
踊り用に少し改造しようかと、現在ソニアジョーンズで開発中です。
今日、SIMOF会場内のブースでその話になり、
試作品を作ることになりました。
お楽しみに。





「踊れるじゃないかー」
「美しいじゃないかー」
「邪魔になってないじゃないかー」


(30 Enero,2009)   

ソニアジョーンズの工房メンバーたちとSIMOFに出かけました。
ファッションショーを一緒に見て、
私は全員対ひとり、で攻撃をくらいました。

ショーのなかで、フラメンコを踊りながら歩く姿がひとつあり、
体勢を低くし、ゆっくりと足を運ばせながらブエルタしたり、
ブラッソをたくさん使って、いかにも「フラメンコー!」という動きなのに、
その衣装の袖の先が誰よりも大きい!のです。



フラメンコの衣装の袖の先のフリル部分が大きすぎると、
踊りづらいし、顔にかぶさってきたりして、よくない、
と日本の人からあまり好まれない傾向にあるのですが、
「踊れるじゃないかー」
「美しいじゃないかー」
「邪魔になってないじゃないかー」
と、日本対スペインの討論会のような状況に日本代表わたしひとり。
ちょっとつらかったですけど・・・。

フラメンコの舞踊の場合は、昔からのものを大切にしなくてはならないという
根底もありますし、
ちょっとファッションショーの世界とはまた違ってくるのですけどね。




今年のSIMOFのファッションショーの目ぼしいものは、
ソニアジョーンズ用にプロのカメラマンを用意して撮ってありますので、
近々店に置かれるか、何かの形で、
華やかさをご覧いただけるかと思います。


「SIMOF」が始まりました

(29 Enero,2009)   

今年のフェリア衣装新作発表会「SIMOF」が始まりました。
SIMOFの正式名は、
Salon Internacional de Moda Flamenca です。
インターナショナル!・・・?
ちょっと無理やりっぽい気がしますが。
出展している人たちはオールすぺいん人ですし、
しいていえば、私たちのような日本人がやってくるから?でしょうか?
・・・・と思われるのは、
毎年連続で、私は会場にやってくるテレビの現場生中継にインタビューされ、
インターナショナルの貴重な要素として扱われていたのです。が、
今年はちょっと時間帯をずらして行っているので、
テレビに捕まらずに今のところ、います。



新しいデザイナー部門のファッションショーで賞を取った男性は、
どこかで見覚えある顔だぞーと思えば、
フラメンコのバイラオールではありませんか!!
日本で踊ったこともある人です。
と言うのは、その昔彼に「僕は日本で踊ったことがある」と言われたことがあるのです。
突然そんなこと言われても「あ、そうなんですか・・・」しかリアクションできなかったですが。
すごい有名な人ということでもないと思いますが、アントニオ・セラーノ。
私は驚いて、知り合いのギターリストに電話してみました。
「アントニオ・セラーノって、いつの間のかデザイナーになってるんだけどー」
と言うと、「なんだってー!!アントニートが?知らなかったー。金借りよーっと」
と一言。なぜに突然出てくる反応がそれなのか・・・。
ファッションショーに作品を出すには、莫大なお金がかかるので、
逆に「貸してくれー」と言われそうなものですが・・・。



ファッションショーでここ数年、いつも別格の扱いで、
最初に盛り上げるのが、ビッキー・マルティン・ベロカル です。
今年も同じく。
新聞に、彼女の作品が載ってました。
新聞もどうしてまた、見開きの境目にわざわざ写真を載せるのか???不思議です。
意味あるのでしょうか?
スカートの裾と、袖ぐちが、バランスを取ってます。
袖がスカート部分の縮小状態のようになっているもの、最近出始めてます。





ファッションショーも、デザイナーによって衣装やステージのタイプが全く違います。
驚いたものでは、ステージに、おへそ出した男の人や、
カエル?の衣装みたいなのを着た人がずっと立ってるのとか、
何なんだろう????と思いながらも、
なんでもなく終わってしまったり、などいろいろとあります。



(↑この人たち、30分間、ステージでピクリとも動きませんでした↑)

会場の客席のほうも、盛り上がっていて、
ディスコのように席で踊りまくっている女性たちが、ちょうど私の目の前に座っていました。
そして私の隣の席は、お母さんのひざの上に座っている子供。(7歳以下無料)
その子供も最初から最後まで、1回30分続くファッションショーの間、
ずっと踊ってました。
このあたりの環境で十分に驚きなのですが、
一番の驚きは、
10日ほど前に心筋梗塞を起こし救急車で運ばれ、
手術して集中治療室にいたはずの男性(知り合いのだんな様)が、
ファッションショーを見に夫婦で来ていたのです。
「なんでもうここにいるのー!?!?!?」と聞くと、
「人生を楽しまなくちゃ!目の保養と心の安らぎを!」と言ってるんです。
さすがセビージャだ!
と思いました。




わたしの目の前で踊ってる人たち。
なんでこの状況で踊るのかよく事情がわからないのですが・・・。



TOKIOにビエナル・フラメンコ

(28 Enero,2009)   

今日のセビージャ新聞に載っていた記事で
「ビエナル・フラメンコが世界をまわる」ということで、
2009年の10月にTOKIO(東京)にも行く、と書いてあります。
(全部のプログラムが行くと言うことではないと思いますけど)
詳細がほとんど載っていないので、それ以上は知りません。

東京のことをスペイン語では「TOKIO」と書かれます。トキオです。
で、京都のことは「KIOTO」です。
最近ではキオトというと、京都議定書のことを示すのがほとんどで、
Protcologo de KIOTO のはずが、省略されて、
KIOTO のひとことで現されてます。
環境問題の話題が新聞に多いんですね。
スペインでは、TOKYOでなくてTOKIO。
KYOTOでなくてKIOTOです。

世界レベルの話題の単語に関しては、
世界で共通の単語(つづり)にしないもんなのかな〜と思いますが、
私が一番驚いたのが、北大西洋条約機構です。
NATO。
これってスペインでは OTAN(オタン)と呼ばれます。
100%逆さ。
Organizacion del Tratado del Atlantico Norte の略です。
生活の中で、OTAN が NATO と気づくまでに、
ちょっと時間がかかりました。

TOKIO といえば、
ジャニーズにその名のグループもあり
(と言っても私の中ではスマップあたりで終わってます)、
スペインで番組の収録したときに彼らと仕事したにもかかわらず、
それ以上にどうしても私には、沢田研二のTOKIO、
あの姿が思い出されてしてしまうのですが・・・・。

セビージャの女性をセビジャーナ、男性をセビジャーノと呼ぶように、
東京人のことはスペインで「TOKIOTA」と言います。
東京人に関しては、女性も男性も同じく「トキオタ」です。


必ず歌う前に手を洗う

(27 Enero,2009)   

セビージャのフナックというCDや本を売る大型ショップにて、
カルメン・リナーレスが生(なま)で歌う!というので行ってきました。
先着100名のみ会場に入ることができるということで、
席はどこでもいいけれど、とりあえず会場に入らなければ・・・
と1時間前に列に並ぶつもりで行ったのですが、
私の前に並んでいたのがたったの5人。
それも、先頭に3人グループ。その次に外国人の女性2人の計5人。

やっぱりセビージャ人は、そんなに早くから来るわけないか・・・と再確認。
でも開演時間まぎわには開店以来見たことのない!
と言われるほどの長蛇の列でした。

で、開場してからまず驚いたのは、
私の前に5人しかいなかったはずが、
もう既に会場の席の半分近くが知り合いや関係者たちに座られて埋まってたのです。
やっぱりここはセビージャだ・・・の再々確認。
コネ、知り合い、が全ての世界を動かします。

行われたミニコンサートは、
カルメン・リナーレスが昨年秋に6年ぶりに出したというCD
「Raises y Alas」のプロモーションでした。
このCDは、ノーベル文学賞作家フアン・ラモン・ヒメネスの詩が
歌詞になっています。
偶然にもちょうど数日前のこのセビージャ通信でふれたばかりですが、
私が今読んでる本が、この彼の散文詩「platero y yo」です。
彼の詩をカルメン・リナーレスが歌ってるんですね。
CDの1曲目の「Remembranzas」はアレグリアスのリズムに乗せてますが、
「Alamo blanco」などは、美しく流れるような奏でのギターの曲をバックに、
フラメンコではないのですが、フラメンコ節で彼女が歌っていて、
詩の内容といい、100%アンダルシアです。
このCDは3年という期間をかけて熟されたプロジェクトとして、
すごく気を使い、詩を大切に作り上げられた芸術作品で、
今日も、このCDを作曲したフアン・カルロス・ロメロ自身が伴奏してました。



無料コンサートだし、とは言え、2曲歌っただけで終わり。
客たちも「え〜!!!」とブーイング。
カルメンも「そうよねえ、私だってこんなだけじゃアペリティーボ(食前のおつまみ)だわ」
と、自らも軽すぎを訴え、もう1曲歌い合計3曲だけでしたが、
客も、無料なのでそれ以上望めず。。。



コンサート終了後、案内があり、
CDを買い、レシートを提示してCDを持って来れば、
カルメン・リナーレスとフアン・カルロス・ロメロが
その場でサインしてくれるということでしたが、
店があとひとつ考えないのが甘いところで、
皆がいっせいにレジに並ぶため、1台しか開けていないレジに長蛇の列。
そこを考えて臨時にレジを増やせばいいところ、
そこまで思いつかなかったのでしょうね、きっと。
私は終了後は急いでいたので、別の店でCDを買いました。
目の前で見させてもらったのに、別の店で買ってしまって悪かったな〜
と思いつつ・・・。そういう時は、レジを増やしてくださいな。

それにしても・・・・、
カルメン・リナーレスがどんどん魅力的になっていくと思うのは
私だけでしょうか?

何かのインタビューで読んだのを覚えているのですが、
カルメン・リナーレスは、フラメンコを歌うときに、
いつも自分が「清らかである」と感じるために、
必ず歌う前に手を洗う、とどこかで語っていたのを覚えてます。


 


うし、うし、うし

(26 Enero,2009)   

テレビのニュースで、
「中国が新年を迎えます。うし年になります。」と言っていた。
もちろんスペインのニュースなので、スペイン語です。
で、気づいたのですが、
丑(牛)のことを「buey」の年と言ってました。
日本語なら、肉牛、乳牛、なんでも「牛」という総称で呼べますが、
スペイン語の場合、
乳牛を vaca(バカ)♀
肉牛を buey(ブゥェイ)♂
そしてスペインを代表する闘牛、toro(トーロ)
とあります。全部呼称が違います。
で、スペインで十二支に使われたのが buey(♂) です。
日本では、どの牛を示すのか知りませんが、
我が娘に日本からのプレゼントで届いた十二支お手玉
(皇室の眞子さまが使ったものと同じだそう)を見ると、
白&黒のホルスタインのようになってます。
(神戸牛でも赤べこでもなく・・・)
漫画を見ると茶色い牛だったり、その辺はあいまいなのかも知れませんね。



ちなみにベトナムでは十二支の牛は、水牛らしいです。

もしこの十二支のお話がスペインで作られたら、
牛は闘牛だったかも???(・・・なわけないですが・・・)
そうなると、牛の前にネズミというのがあり得なくなる可能性が・・・。
昔話でいくと、足の遅い牛は「おいらは歩みがのろいから・・・」と、
夜のうちに出発したので、朝一番、誰よりも早くゴールに到着したのに、
ちゃっかりもののネズミが牛の背中に乗っかってきたので、
ゴール目の前で、ピョンと牛から降りて、牛を差し置いて一番になった、
という話。

これが闘牛だったら、
まず足が速いので、前日から出発するということもなく、
ネズミが黙って背中に乗っかっていられることなく、
振り落とされ、まずここで順番が変わってきたことでしょう。





そして、最後のイノシシですが、
これ、中国ではブタなんですね。日本以外の国では
十二支の最後はブタのようです。
数年前、イノシシの年に中国人に「今年中国はブタ年だ」と言われ、
「うちの国、日本ではイノシシなんですけど・・・」ということになったのでしw)w)た。
中国人に「今年は中国はセルドの年」と言われたのです。
ブタのことはスペイン語で「セルド」と言います。
ついでに薄汚いヤツ!というのも「セルド」と呼ばれます。
イノシシは「ハバリ」と言います。

スペイン風十二支だとしたら、
最後のイノシシあたりに「セルド・イベリコ」が入ってきそうな。。。
おしいい生ハムになるスペインの黒豚です。



とは言っても、十二支の動物にあてはめたお話は、
あとから上手に作られたもので、
もともと違う12進法の世界から来たもののようです。
何気に使っている言葉の中にもその由来があり、
「正午」なんてのはそのうちのひとつのようですね。
そういわれてみれば、午(うま)ってちょうど真ん中にありますね。

十二支のことは、スペインでは「オロスコポ・チノ」と呼ばれ、
中国の占星術、という意味になります。
なので一般的に使われている訳、違うと思うんですけど・・・。


自転車で世界を一周

(25 Enero,2009)   

自転車で世界を一周している日本人男性がセビージャで手品の大道芸やってました。
5ユーロ札をたたんでたたんで息をふっと吹きかけると10ユーロ札に変身!
手の中で小さな赤いボールがどんどん増えていき、
耳から入れた箸が鼻から出てきました!
ハンカチの中からハトじゃなくて白ワインの瓶は1本現れ、
次から次と速い展開で観客を楽しませてます。



無銭旅行!の資金稼ぎ。手品で小銭を稼いでいるのだそうです。
「自転車で世界を一周」と言ってもママチャリ。
日本人という金持ちの国の人が立派な自転車で世界を周っていても、
贅沢そうにしか思われないだろうから、
あえて庶民的にママチャリなのだそうです。
しかも盗まれた自転車を新しく買い換えたために予想外の出費。
「1ヵ月半もセビージャに滞在してしまった・・・。長く居過ぎました。。。」
と語るのは岩崎圭一さん。現在36歳。
日本を出てきたときはまだ20代だったそう。
旅を始めてもう7年ほど経つとのことです。
「あと6年はかかると思ってます。」と本人は言ってます。




日本で働いていたのを辞め、自らホームレスに。
といっても、戻りたければ受け入れてくれる家もあるし、
本物のホームレスではなく「擬似ホームレス体験」と、
自身のホームページで語ってます。
2001年の1年間は日本国内47都道府県すべて周り、
山口県で韓国行きのチケットをプレゼントされ、
そこからは、ママチャリで西へ西へと走り始めたのだそうです。

「いきさつ」や「生きざま」などは、彼のホームページで
自身が語ってます。旅先の写真と一緒に、少ない言葉で
100倍の重みのある内容がつづられてます。
http://www.geocities.jp/keinoryokouki/




ガンジス川を手漕ぎボートでくだり、
そこで味占めたようで、カスピ海をも手漕ぎボートで横断し、
エベレストの山頂にまで到達してます。
ママチャリで走り、基本的に野宿。
波乱万丈な人生(これは旅というより生活、人生?」)で、
幸せの基準について考えさせられます。




なぜ彼が、こんなに幸せそうなのでしょう?
ヒトが飲みかけたジュースを拾って幸せを感じることができるのは・・・。
人間の幸せの基準とは、他人と比較できるものではないし、
価値観なども個々違います。
そんなこと、誰もが知っていて当たり前とおっしゃるかも知れませんが、
意外とそうでもなくて、
私たちは自分の中の物さし(定規)で、いろいろと思ったりしてるような気がしませんか?
彼には完全にこの人々が持ち合わせている固定観念が
完全に取り外されているように見受けられました。



手品を見ているセビージャ人たちの客層は、老若男女すべて。
車椅子を押されてお散歩中の人も、杖をついたご年配も、
肩車された子供とお父さん、そしてそして、誰よりも目を輝かせて盛り上がっていたのは、
俗にこの国で「ニニャート」と呼ばれる子供から大人への移行期にある青年たち。
鼻や唇にピアスしたりして、群れ成してぎゃーぎゃー言いながら盛り上がってる若僧。
手品が終わると群れをなして、けいさんに近づいていくではないですか!
や、やばい!ひったくられるー!と私はとっさに思いました。
ど、どうしよう!追っかけてやるー!と構えたところ、
彼らは興味もって、けいさんのところに近づき、
「種は明かすな!ただただ目の前でもう一度やって見てくれ!」
と手品で目を輝かせていたのでした。
「このボールちょうだい!」と言い出す若者たち。
スペイン語、わからないだろうな、けいさん、通訳してあげようw)w)かな、と思えば、
「これ、僕の仕事道具だから、ノー、ノー!」とスペイン語で答えてるではありませんか!
その後、アメリカ人かと思われる女性が、
「私の兄も(だか弟だか、スペイン語は兄も弟も同じ)、自転車で・・・」と話しかけてきましたが、
流暢な英語で対応。
ただただ無銭旅行ではなく、かなり奥深くコミュニケーションは世界中で取られていると思われます。



私に何かできることはないだろうか・・・と考えても何も思いつきません。
道で知り合ったスペイン人宅で世話になっているということですし、
フラメンコも観たし、バルにもたくさん連れて行ってもらった・・・と。
もうセビージャでは十分堪能できたので、次の土地にもう旅立つということでした。

私が彼に知り合うことができたのは、もう旅立つ前日だったので、
お食事を誘ってあげることもできず、ただ、一方的にエネルギーをもらっただけでした。
心も体も、誰よりも健康そうに見えました。




普段使うことのない日本語「さよなら!」を久しぶりに使いました。
多分もう会うことないだろうなーと思ったので。
案外、ポルトガルあたりに行けば会ったりして。。。
この後は、ポルトガル、南米、USA、と半分以上の旅が残っているそうです。
深々と頭を下げる日本人スタイルが印象的でした。
そしてものすごくいい笑顔です。
あと6年って・・・、
我が娘が7歳になても、まだ彼は世界を周っている途中だったりするってことですね。
これは長い、どう考えても長い・・・。
あっと言う間かも知れないけれど、1歳が7歳になるまでの成長期間、
けいさんも成長を続け、考えが変わっていたりするのかも知れませんね。
どこかで定住し始めたり、とか、それも人生ですね。
ちょっと奮起したいけど・・・、頑張りたいけど頑張れずに躓いてる人、
彼のページを是非覗いてみてください。
BUEN VIAJE!



後日談:けいさん、毎晩送別会ということで、いろいろなセビージャ人に
送迎会を設けられ、数日たってもいまだに次の土地に出発できていない模様。


マーデ・イン・エスパインのお達し

(24 Enero,2009)   

スペイン産業・観光・商務大臣のミゲル・セバスティアンが、
「made in Spain」を買いましょう!とスペイン国民に呼びかけました。
国民が一人150ユーロ(2万5千円くらい?)の輸入物を買うところ、
スペイン製を買うことによって、
12万人の失業者を防ぐことができる計算になるのだそうです。
新聞でも大きく取り上げられています。




その言葉を追ってすぐ、アンダルシアのテレビ局では、
「made in Spain」(発音はマーデ・イン・エスパインでした)をテーマに、
アンダルシア州8県のそれぞれ特産物を紹介していました。
グラナダはトロピカルフルーツ、
カディスはマグロ、
ハエンはオリーブオイル・・・のように。
セビージャは何を代表とするのかと見ていたところ、
なんと「お米」でした!スペイン語だとarroz(アロス)←巻き舌です。
米の起源インドの言葉、米にあたる「dravidic arruzz」から
arrozの名に至ったようです。




セビージャの米の作付面積は3万6千ヘクタール、
スペインで最大の作付け面積を持つ県だそうです。
・・・と言われても、これがどんな規模なのか想像できないので、
ちょっと調べてみました。
日本で比べると、埼玉県、長野県、富山県、福岡県、兵庫県、熊本県、
そのあたりがセビージャ県と作付け面積が同じくらいでした。
これは日本の都道府県の中では、至って普通。
スペイン最大!と豪語している割には、日本と比べるとやっぱりショボイです。
スペインという国単位で見ると、
ヨーロッパ内でイタリアに次ぐ第2位の米の収穫国です。
パエージャはリゾットに負けてるということですか・・・?!
日本は米の収穫882万トン、スペイン75万トン、、、、
ちょっとさびしいので、ヨーロッパ全体にしても260万トン。
日本の米の作付け面積162万ヘクタール、スペイン12万ヘクタール。
やっぱりいくらスペインが米が盛んでも、アジアとは比べ物にならないですね。
スペイン人一人当たりの年間の米摂取量が5,8kgだそうですが、
少なすぎに思えるので、正確なデーターなのか疑ってます。
世界単位で米の収穫数を見ると6億トン以上で、
その89%はアジアで食べられているのだそうです。


スペインの市販のお米はどれも1kg単位の袋で売られ、
日本円にして200〜300円あたりになります。
水を多めにして炊くと、スペイン米をよりおいしく炊くことができます。



今日の私のスーパーでの買い物は、
お達し文に従い、made in Spain に徹してみました。




コプラ

(23 Enero,2009)   


スペインの演歌というところでしょうか、copla(コプラ)というジャンルがありまして、
フラメンコ衣装やセビジャーナス衣装やバタ・デ・コーラなどを着用して歌うという
スペイン歌謡があります。
アンダルシアがそのメッカですが、
今の時代、なかなか減少しつつあり、アンダルシアがそれを大切に培っていかなければ!
と、カナルスール(アンダルシアのテレビチャンネル)が、
若手のコプラ歌手を育て上げる番組を作って放送してます。

セビージャ人たち、その番組を見ている人が多いようで、
毎週末の夜に放送されるのですが、
我が家のお隣さんも欠かさず見ているようで、
毎週土曜の夜は、ガンガンにテレビのコプラの歌が聞こえてきます。

ソニアジョーンズの工房メンバーも、衣装をチェックするのに番組を見ているようで、
週があけた月曜日の工房は、いつもコプラ番組で使用された衣装の評論会です。
宣伝になるので、無料で衣装を貸すというシステムになっているそうです。
ソニアジョーンズのデザイナーも提供したことがあります。
番組内で衣装提供の名前がテロップで出てきます。
ペイネタや花もデカイ!デカイ!

この番組、素人が応募できて、コンクールの形になってます。
スタ誕(スター誕生)の形式です。
今の時代はインタネットを使って応募できるので、
自宅で収録した自分のデモンストレーションのビデオを添付で送るんですね。
緊張せずリラックスして、好き勝手なスタイルでビデオをまわしているので、
「審査員の前で緊張して思うように歌えなかった」
という言い訳ができないようになってます。

この番組のホームページから、
衣装や歌のチェックができます。
いろいろな顔が並んでいる、その顔をクリックすると過去のビデオで見られます。

http://www.sellamacopla.com/


です。楽しんで下さい。
では。



美容室から腕時計、そしてグアポ

(22 Enero,2009)   


「セビリアの理髪師」のオペラが有名なので、
セビージャは美容院が別格だと思われるのか、
セビージャで美容院に行ってみたい!
と言い出す旅人の日本人がたまにいます。

が、
実は美容院のレベルはたぶんあまり高くありません。
というか、日本のものとはちょっと違います。
こちらに住んでいる日本人は美容院に悩まされている人、多いはずです。
髪質が違うのと、顔立ちが違うのと、いろいろとベースに違いがありまして、
スペイン人たちは、どんなカットでもそれなりにカッコよく見えてしまうものです。
日本人は、そうもいかず・・・。カットでかなり変わってきます。
スペイン人はカットにはあまりこだわりがなく、
美容院に来る人は染めに来るのがほとんどで、カットは割と少ないです。




それでもカットにこだわる人たちも増えてきました。
なので美容院でカットすると言うのは、
斬新なスタイルにするという感覚なので、
最近の流行は、大量で一文字にそろった前髪。
日本でも流行ってるようですが、もっとこちらのは極端です。
あと、もっと新しいところで、フロック状の段を入れること。
ざくっとはさみで切り替えを入れます。
百人一種やかぐや姫の挿絵を思い出させるような・・・。
これは日本人がやっても、
間違えてはさみが滑って切っちゃったみたいに見えてしまう危険が大ですが。


 

セビージャにも斬新な美容院がたくさん増えてます。
中でも面白いのは、各ショッピングセンターの中に進出している
チェーン店で展開している美容院があり、そこは、はさみを一切使わずにバリカンのみ。
カットもすべてバリカンでやります。仕上げもすべて。
はさみを置いていない美容院です。
斬新と言うか、はさみの技術を持っていないと思われる、
素人作業に見えるのですが、
感覚は斬新なので、妙な髪型に仕上げてくれます。
値段は普通の美容院に比べるとかなりお安いです。
シャンプー+カットで13ユーロ。2千円ちょっと。


私も長年行きつけの美容院があるのですが、セビージャでも有名な美容院です。
夫婦で同じところ(ユニセクスなのに男性のほうが料金が安い)に行ってるのですが、
私の出産の時には病室に花束が届いたり、なかなか気も利いた店です。
ただ料金もそれなりによろしいので、
今日はリーズナブルに、バリカンの店でちょっとだけ揃えてもらうことにしました。
絶対にこんなバリカン店に行くものか!と昔心に決めていたのに、
経済危機は心も変える?ようです。
そこで浮いたお金を足しにして、腕時計をひとつ買うことにしました。

オバマの就任式で、オバマが就任サインをしている手を見て、
左利きなのを知りました。
左手でサインしているのに、同じ左手に腕時計してるんですね。
左利きの人は右手に時計をしないのかな〜?と考えてみたところ、
時計はどれも左手につけるように作られているんですね。
右手につけるとねじが手首のを刺すか、と。
オバマに乾杯!という気持ちから、アメリカ製のブランドの時計にしました。
オバマがサインしたときに腕についていた時計と似たモデルのものにしました。
就任式の記念に私なりのお祝いです。なぜか私に。(笑)
スペインでもオバマの話題でいっぱいです。
ただ評論家のコメントに
「大統領にしてはカッコよすぎる(グアポ過ぎる)のが唯一の欠点」
と言われていたのが気になるところです。
欠点がないということを言いたいのか、
グアポだとひがまれる?のか、いわんとすることがよく理解できませんでしたが・・・。
スペインではオバマはグアポとして扱われてます。
日本でもそうですか?
スペインのサパテロ首相は日本では「イケメン」と言われているようですが、
地元スペインでは別に普通の人扱いです。私にはMr.ビーンに見えますが。
スペイン人の言うグアポには当てはまっていないかと思われます。
国が違うといろいろと感覚違いますね。



16ヶ月の娘は、ワンワン、ニャーニャー、パカパカ(馬)、
モーモー(牛)、ネネ(男の子)、ネナ(女の子)など識別して呼べますが、
この写真を見て「ワンワン!」と言いました。





チリゴタ

(21 Enero,2009)   


今日、生地屋さんに行くと、いつになく、若い男性軍団がいました。
生地屋の客はたいてい女性ばかりで、
通常、仕事で関係者の男性が出入りしているくらいのものですが、
仕事という感じでもなく、生地とはまるで遠い世界にいるような、
スポーツマンタイプの青年たちが来ていたのでした。
来月のカー二バルの衣装の準備をしているようです。
道端で仮装するためなのか、
ステージに立つチリゴタ用なのか。




セビージャの隣、カディスではカーニバルが盛んです。
カーニバルというと、単なる騒ぎのイメージがあるかも知れませんが、
歴としたカトリックの宗教行事で、
この日付も聖週間(セマナサンタ)からさかのぼって計算しだされるので、
毎年日付は流動的です。

チリゴタと言うのは、これなかなか面白いものでして、
10名前後くらいのグループで、
仮装の衣装をそろえ、ギターで伴奏し、ハモリながら歌い、軽く踊り、
面白おかしく社会風刺するものです。




このチリゴタに使われる音楽が、パソドブレやタンギージョで、
ここにも生活の中のフラメンコを見ます。
よく発表会などで群舞でタンギージョを踊ったりしますよね、
それです。
あのタンギージョの踊りの動きを少なくして、歌を主に、
衣装は笑っちゃう仮装で真顔でやってると想像してみてください。
しかも大の大人の男性たちが。
ちょっとイメージがわかなければ、
CHIRIGOTA で検索すれば動画でたくさんヒットします。
youtubeでもたくさん出てきます。

カディスのカーニバルでは、チリゴタのコンクールがあり、
アンダルシアのテレビ局、カナルスールではその期間ずっと放送してます。
劇場で行われるのですが、テレビのほうがアップで見られますし、
聞き取りやすくて良いです。




これ、よく考えれば、男性陣の発表会のようなものでしょうか?
衣装作って、グループで練習して、ステージで観客を前に・・・・。
日本の男性たちは、あまりこういうことしないかと思いますが、
こっちの男性たち、こういうの好きですね。
日本のフラメンコの女性たちに勝るとも劣らないです。
さらに上を行くのは、先生がいるわけでもなく、
皆で集まっての有志から。

もう街角で、チリゴタの準備で練習してる人たちが出てます。
大道芸のようになっていて、
どの大道芸に集まる観客の数よりも、
チリゴタのところには誰もが足を止め、聞き入ってます。
そして、大笑い。これは笑うものです。
歌詞が重要なんですね。

祭りに生きる。
いつも生活の中でそれを見せつけられてます。
祭りがないときには、その準備。
次から次と年間を通じてイベントに追われてます。



今日のセビージャの空。
昨日雨、明日も雨の予報。
先月日本に行ってきて、東京の空を見ていて、
セビージャの空が、より青く、より広く、より高いことを
再認識させられたのでした。
以降、毎日セビージャの空を気にしてます。



「platero y yo」

(20 Enero,2009)   


先日(1月5日夕刻)にセビージャ市内で飴を撒きながらパレードしたカバルガタ、
飴だけでなく、おもちゃども撒いていましたが、
小さな紙もたくさん撒かれていました。
天から舞い降りてきたもののように、ヒラヒラと落ちてきているのに、
飴は拾っても、紙は誰も拾っていませんでした。
お札じゃないと無反応なのでしょうか?
私は何でも拾ってやれ!根性と、好奇心から
飴と一緒に拾って、その紙をコートのポケットに入れておきました。
アンダルシア州政府のロゴが入っていて、二つ折りにたたまれた小さな紙たちでした。
どうせ何かの宣伝か戒めの言葉だろう・・・と思っていたので、
帰宅してからも開いて見ることなく、ポケットから出してその辺に放っておいたんです。
今日、片付けていて、一応捨てる前に何が書いてあるのか見てみよう!
と思い開いて読んでみると、
「platero y yo」(プラテーロとわたし)の詩の一部が書かれたものでした。
ノーベル文学賞作家、フアン・ラモン・ヒメネスの有名な散文詩です。
なかなか粋なことしてくれるじゃないですか、アンダルシア州政府。
その昔、日本語訳のものを読んだことがありますが、
今回、この天から降ってきた紙切れに書かれた詩の一部を読んでいるうちに、
今度は原作をスペイン語のまま読もうと思いつきました。



早速本屋さんに買いに行き、店員に尋ねると、4種類出されました。
どれも原文のスペイン語は同じなので、
一番やわらかい感じの紙質と活字のものを選びました。

アンダルシアのモゲールという場所が彼の土地で、舞台になってます。
セビージャから車で1時間もかからずに行けます。
白い小さな村です。
この散文詩で、愛するロバ「プラテーロ」との生活が
アンダルシアをムンムンさせながら書かれてます。

プラテーロ、スペイン語で銀のことをプラタといいます。
ロバが銀色だったんでしょうね。
「プラテーロとわたし」とか「プラテーロとぼく」とか日本語翻訳版はさまざまですが、
スペイン語のは、yo、わたしでもなくぼくでもなく、yo なんですよね。
スペイン語は yo という第一人称は性別関係ないですから、
私、わたし、ぼく、おいら、俺、わし、みんな yo です。
原文で読むと言うことは、そういうことなのですね。



そういえば数ヶ月前に、platero y yo の舞台になってる唯一残っている場所が、
新聞に取り上げられてました。
敷居に囲われているにもかかわらず、
夜中に進入してきて、ドラッグの売買の場所になってしまっている・・・
と書かれていたのを思い出しました。
ドラッグやる場所だったか、売買だったか、うる覚えですが。。。。
確かプラテーロが亡くなって、大きな松の木の下に埋めてあげたんですよね。
その松の木が今でも残っていて、
その場所が記事になっていたと記憶してます。



ロバのことは一般的にスペインでは「ブーロ」と呼ばれます。
burro と書くので、ロは巻き舌です。
英語だとドンキーですね。
今でもアンダルシアの田舎では、ロバを農作業に使って
重い荷物を運ばせたりしてます。
クリスマスのキリスト誕生人形セットのときにも、
立会人のように必ず後ろにロバが座ってますし、
聖書の中でもキリストがエルサレムに入場するときにロバに乗って来てます。
大昔からロバって生活の中で人のすぐ近くにいたんですね。
スペインのロバは北アフリカから入ってきたものです。
そういわれてみれば、古代エジプトのクレオパトラ、
ロバのミルクのお風呂に入り、美貌を保っていたという話ですね。


日本ではあまり親近感ないかもしれませんが、
ロバは大昔から人間のそばで生きてきている家畜なので、
高級感もなく、庶民的で、どこかに「わび&さび」を感じさせると思いませんか?
早速、platero y yo にはまってみようと思います。
古きよきアンダルシアを感じながら・・・。
platero y yo は、ギター曲も朗読用に存在してます。
では。




「BABACHIC」から、「LAPUTA」まで

(19 Enero,2009)   


ある店の前で立ち止まってしまいました。
店の名前が目に入ったのです。
「BABACHIC」という名の店です。
もう私には「ばばあチック」にしか見えません。
これが洋品店の高齢女性向だったらまさに!なのですが、
残念ながら小物屋さんです。
なかなかいいかんじのものを売ってます。
BABAってスペイン語でよだれのこと言いますけど(頭のバにアクセント)、
それとは関係なさそうですし、
店の名前の由来は知りませんが、それは別とし、
日本語の「ばばあ」をスペイン語訳すると「vieja」あたりが適当なところでしょうか?
vieja は、ビエハと言いまして、老女です。
老女までいかなくても中年女性、オバサンあたりのことも、
多少悪意をこめて言うときにはvieja!で言います。
なので「ババア」かな、と。
普通、高齢のことはmajor(マジョール)で言うので。
とても高齢だと muy majorで表現します。
majorは形容詞なので、
高齢の女性だったら mujer major などと表現しますが。
viejo(男)やvieja(女)は、動物には使いますけど、
人間には直接使うと悪口っぽくなってしまいます。
チーズや植物には普通に使います。
逆に、動物などにmuy majorと使うと、擬人化していて、
かなり手厚く育てられているんだ・・・と想像されます。




さて、派生し「くそばばあ」はスペン語だとどうなるのか考えてみました。
この場合のクソは接頭語なので、直接糞とは関係ないところですが、
偶然にも、スペイン語も 〜〜de mierda と語尾につけると、
日本語の頭に付けるクソと同じでいけます。
この mierda はまさに糞をあらわします。
なので vieja de mierda だと、ウンコのババア → 糞のババア → くそばばあ 
って感じかなーと。




本当は、シモネタとか下品な話題は避けたいのですが、
今日書いてしまったのでついでにもうひとつ。
せっかくなので、おどろくことを。
あのアニメ映画で有名な宮崎駿の最高作品、
「天空の城ラピュタ」ですが、海外バージョンの名前知ってますか?
「LAPUTA」です。
これ、LA PUTA、ラ・プータ!スペイン語で売春婦!です。
さすがにこれじゃ、まずいんでしょうね。サブタイトルを正式につけているようです。




レオン地方、ホタ

(18 Enero,2009)   


夕暮れ時、市役所前の広場で音楽が聞こえてきました。
そこには大きな人形が歩き、大きな旗たちが行進しているのが遠くから見えました。
音楽が聞こえたら呼ばれたかのように音楽好きの私は行ってしまいます。



レオン地方のプロモーションだそうで、
祭りの時に行われるという長さ10m、重さ40kgの旗を腰で支え行進してます。
応援団長以上です。日本のお正月の消防署の出初式を思わせるような技で、
音楽にあわせて踊りながら巨大な旗を担いでいるのでした。



音楽はレオン地方のホタ。
ホタといえばアラゴン地方が有名ですが、
微妙な違いを持ちながらも、ナバラ地方、バレンシア地方などでもホタは存在してます。
ホタの踊りは、白ブラウスに黒のギャザースカートの衣装。
前掛けのような刺繍入りの生地を前につけていても、
花柄のスカーフをほっかぶりしても、
やっぱりセビージャーナスの衣装のほうが華やかだよな〜と思います。
どれも明るい3拍子ですが、アラゴン地方の踊りが一番躍動感が激しいように思います。



カメラ向けて写真を撮っていたら、
気づくと手を引かれ、中央に立たされていて、
一緒に踊らされてました。カメラ片手に。
こんなことしてたら明日の新聞に載ってしまうではないか!と心配しながら・・・。
場の雰囲気を壊せないので引き下がれず。。。
たぶん照明も当てられなかったし、見つからずに助かったかと。。。
こういうイベントで外国人(特に東洋人)が踊らされていると、
まず翌日の新聞に写真がばっちり出てるものです。
フェリアなんて毎年そうです。



この音楽に使われる楽器ですが、これが、私は意外と好きなんです。
ドゥルサイナという管楽器と、太鼓。
大太鼓だったり中太鼓だったりしますが、
このドゥルサイナとコンビでスペインの北部の民族音楽でよく見られます。
ドゥルサイナは別名があります。チリミアといいます。
この楽器が後のオーボエと変化していったのですが、
このチリミア、ポルトガル語だと「チャラメラ」。
チャラメラって言葉、何かに似ていると思いませんか?
そうです、
日本に渡って「チャルメラ」と呼ばれました。
そう、あのラーメンのチャルメラの楽器です。
今日本人にチャルメラと聞けば、たぶん皆ラーメンと答えるでしょうね。
ラーメン屋さん、スペインに欲しいですね。ありません。
ラーメンのズルズル〜っという音、スペイン人嫌がるのですが。。。。
あれが美味しいのに・・・・。
そして絶対に器を持ち上げて汁まで飲むなんて、この国ではありえないことですね。
日本料理のお味噌汁だってレンゲで飲まないと駄目なんです。
「なんでお箸でスープが飲めるのか!?」と。
器を持ち上げるということが、はしたないことになってしまうんですね。

ナイフ&フォークの文化なので。




ちょと話が脱線してきてしまったので、もとい!





ホタの音楽ですが、一般的に知らないところで、
外国人有名作曲家がいくつもホタ書いてます。
サンサーンスやリストなども。
スペインはエキゾチックなヨーロッパということで、
クラシック音楽の世界でもターゲットとなり、
オペラなんて特にセビージャが集中的な舞台になってますね。
カルメン、ドン・フアン、セビリアの理髪師、フィガロの結婚・・・etc。
あ、オペラと言えば、今日までセビージャではくるみ割り人形のオペラやってました。
くるみ割り人形のことはスペイン語では「カスカヌエセス」と言います。
石川ひとみの「くるみ割り人形」の歌、歌えますか?
歌えたら、きっと私たち同世代です。(笑)


水代わりに赤ワインを飲みながら踊ってます。


この左側の男性に手を引かれ、踊らされるハメになりました。




ぜひ、教えてください

(17 Enero,2009)   


本日の新聞にファルキートの記事が。
イタリアに仕事に行くのだそうです。
完全に終了ではありませんが、もうほとんど自由の身と同様です。

2007年の1月17日に刑務所に入り、
2008年7月、腕に居場所をコントロールされているブレスレットを
付けるということで自由に出回れるようになり、
その夏の終わりに私はへレスで彼の舞台を見ています。
そして、今回、さらに自由に振舞えるようになり、
申請をして許可を撮れば海外に仕事に行くことが可能となったのでした。
ほとんど完全釈放同然じゃないですか!
国内は自由に動けるようですし、
これって罪が軽すぎるように私(日本人)には思えるのですが・・・。

まとめると、
1、車でひき逃げ、被害者死亡
2、無免許
3、スポーツカーを購入していて義務の保険に入っていない
4、足がつかないように地元から遠いマラガの修理所で事故の車を直している
5、足がついてしまったので、未成年の弟が運転していたという偽りの知恵を使う
(少年法で守られるため)


 


ざっと書き上げてもこんなかんじで。
2003年9月に事故が起きてます。
しばらく未解決事件で、バレずにことが進んでいたので、
その年の11月、私は街道のドライブインでファルキート一族に偶然会って、
イギリスで踊ってきた帰りということで、一緒に撮った写真もあり、
普通の生活してたんですよねその時は。知らん顔して。
その後、全てが明るみに出て、数年間かかった裁判の結果、
4年の刑務所入りに決定。たったの4年です。
悪意がなかったにせよ、被害者は死亡してますし、対処が最悪じゃないですか。
刑務所の中での行いがよろしいとかで、刑が少しずつさらに軽くなり、
もうほとんど終わってるも同然です。

これって、どうなんでしょう?スペインの刑法って?
これなら、殺人するならひき逃げがお得!?
ちょっと言葉悪いですがそういうことになりませんか?
もともとヨーロッパのカトリックの国々では死刑は存在していませんし、
「人間はもともと皆罪人である」という考えに基づき、
許してもらえる、という観念があるのですが、甘くないですか?

免許持ってたら、さらにもっと罪が軽かったのでしょうか???
これがもし同じことを日本で起こしたら、どのような罪に問われるのか、
どのくらいの刑の重さになるのか、ぜひ知りたいです。
もしその関係のかたがお近くにいらっしゃるようでしたら、
正確でなくていいで、なんとなくどの程度になるのか、ぜひ教えて下さい。

そういえば、今日、テレビでしきりにやっていたのですが、
刑務所めぐりのストリップダンサー。
女性用と男性用といるらしいのだけれど、
どうして刑務所にストリップショーが必要なわけ????と思ってしまいます。



ふ〜む、今日のセビージャの空は、
いつになく複雑っぽい空でした。
神様も考えてるのか〜?




マエストロ!ホセ・ガルバン

(16 Enero,2009)   


いやあ、驚きました。昼間友人から電話をもらい、
そのときに娘の予防注射で病院の診察室だったので、
電話に出られなかったのですが、あとから折り返すと重要なことが!
あのまま折り返すのを忘れていたら、貴重なステージを見逃すところでした。

ホセ・ガルバンのアカデミーのご近所に住んでいる友人が、
近くのスーパーマーケットの前でバッタリとホセ・ガルバンに会ったのだそうです。
「いやあ、たいしたことじゃないんだけどさあ〜」と友人。
それが私にとっては、たいしたことだったのです。
「よっ!今晩、僕、ステージで踊るから見に来いよ」と言われたのだそうで、
「あ、ラジオから電話だ」と携帯電話でインタビューに答えるために、
そのひとことのみ言われたまま別れ、その後友人が私に電話してきてくれたのでした。
新聞にも取り上げられていて、
な、なんと32年ぶりにステージに立つとのこと。
当日券をあわてて友人が買いに行ってくれて、
あと10枚のみ・・・というところでギリギリセーフ。




私がこのセビージャに到着した93年あたりには、
ここセビージャでは、ホセ・ガルバン、マノロ・マリン、ラ・トナ、
と3つの主流なアカデミーが存在していました。
マティルデ・コラルもあったっけ。
マノロ・マリンは既に引退していて、ラ・トナもたまに見たと思えば、
新しいメンバーのTRIANA PURAで出てくるし。
昔のメンバー、死んじゃったのかな。
ホセ・ガルバンのみ、いまでも現役でアカデミーを続けているおかた。
同じ場所で、住所も電話番号も変わらず、同じ内装、同じスタイルを保ちながら、
本人が現役で教えているのです。
93年に初めて訪れたときに、かなり古い印象を受けて驚いたのを覚えてます。
いまでもそのままなのです。何一つ当時と変わっていません。
教室は、どの角度からも全身が見える鏡が四方を覆い、
セビージャの典型的なタイル張りの足もと、
上のほうには100%ヒターナの奥様と踊っていた頃の写真や、
息子イスラエルが初めて日本で踊ったときの写真とか、
個人的に思い出深いものですべて飾られてます。

数年前、仕事のインタビューで彼のアカデミーを訪れた時依頼ですが、
そのときに私に語ってくれたことを思い出します。

「僕の父は銀行員。ウエルバ出身の母は趣味でいつもファンダンゴを歌ってた人。
僕は子供の頃から歌っていて、
10歳のとき、11、12、13歳・・・・とカンテのコンクールで賞を取りまくっていて、
歌って踊ってというスタイルで14歳のときからマドリーでプロとして踊りはじめていたんだよ。
もともと歌ってた。当時はアーティストの家からアーティストが生まれても、
一般家庭からアーティストが出ると言うことは稀だった。
一般家庭では子供がアーティストになるのを嫌がる時代だったから。」

と。
その後、子供が生まれてからは、
とりあえず、子供のためにセビージャにいたかったということで、
セビージャで踊っていたい!とアカデミーを持ち、定住することを決断したそうです。
海外に踊りに出たり、土地を変えて踊り続けたり、
子供を頻繁に転校させるのを避けたかったのだそうです。
ステージを離れてから32年。
なぜ突然踊ることになったのか、なぞですが、32年ぶりのステージでした。



行ってきました。
会場は、やっぱり年配ばかり。仲間や知り合い、身内が主。
タブラオよりは大きく、テアトロにしては、マイクを通さずにお芝居が可能なほどの
こじんまりしたタイプで、なかなかどこの席からの見えもよさそうでした。
ここ数年でアンダルシアの信用金庫系が合併して出来上がった「Caja Sol」
というその名「太陽銀行」。その文化ホールで行われたのでした。
金額は日本円にして3千円くらい?良心的です。

息子、イスラエルとはうって変わって、超模範的なフラメンコ。
「マエストロ!」(師匠!)というハレオもかかってましたが、
さすが大御所。体にしみこんでいる完璧なフラメンコは、
サパテアードの音に全てを見ました。
あの絶妙な大小の音の組み合わせ方、音の調節は、
61歳の人生の年輪とだけでは言い切れません。
微妙なメリハリが卓越!
他のご年配のプロの人たちを黙らせる何かを彼に見ました。

私としては、彼に何も望まずに行ったので、
もう、踊ってくれると言うそれだけで素晴らしいこと。
お腹も出てるし、61歳だし、32年ぶりだし、
そう簡単には踊れないはず・・・と思い込んでいたのが甘かったです。
ビヤダルホームになっているお腹って、反り返ったりできるんですね。
回転もしてましたし、体、しなやかでした。ちょっと驚きました。
教本ですね。
若手の踊り手たちは、その辺のモダンな踊りのクルシージョを取る前に
この踊りをマスターせねば次には進んではいけないでしょ?!
と再確認させられる、フラメンコとは何ぞや?!と考えさせられました。
今をいく、息子イスラエル・ガルバン、娘パストーラ・ガルバンも、
これをクリアしてきて今に至ってるのですよね。
初めてフラメンコを習おうとする人が、いきなりイスラエルから始めてもダメだ
ってことですね。

数年前にインタビューしたときに、彼がしきりに語った、
今の女性の踊りについて思い出されます。
「バタ・デ・コーラってのは、上半身のエレガントさでしなやかに踊り、
腰の動きを大切に、ちょっと足元を捲り上げて、
少しのサパテアードであるべきもの(軽く踊って手本を見せる)が、
バタを捲り上げて機関銃のようなサパテアードで男より男らしく踊っていたりする。
女性らしさが失われてきていて、マントン+バタ・デ・コーラの女性らしい踊りを
ほとんど見なくなってきてしまった・・・」と嘆いていたのを思い出します。
今回、そのメッセージのように、
3人の若手女性がバタ+マントンで、踊りました。



ファミリア・ガルバン、見ましたよ。
ファミリア・フェルナンデスはよく見ますが、
ファミリア・ガルバン、初めて見ました。
父ホセ・ガルバンが歌い、ダチョウ歩きで出てきたイスラエルが
ブレリア踊ってました。
パストーラも踊りましたし、ホセの奥さんはじめ、
お孫さん(イスラエルの子?)など、続々と踊りました。
花丸のステージでした。

セビージャにきたら、貴重な存在、このホセ・ガルバンのアカデミーを
訪ねてみてください。
イスラエルやパストーラが育った場所。
古きよき時代のフラメンコに会えると思います。




光と影。
陰でしっかりと練習していたら、
必ずや栄光の瞬間が訪れるという教えかもしれません


〜素敵な写真をいかがでしょう号〜


(15 Enero,2009)   


スペインは光と影の国と言われます。
でもそれって、日本語?
スペインでは、「SOL Y SOMBRA」と言いまして、
太陽のソル、と(Y)、影のソンブラです。

ちょっと旧市街のサンタクルス地区で何枚か写真を撮ってみたら、
光と影がくっきりしているので、今日はそれを書こうか、と思ったのでした。

太陽の光が強ければ強いほど、より黒い影がはっきりと映されます。
まさに、それです。
物理的にもそうですし、人間においても同様です。
栄枯盛衰もしかり。
ゴヤやベラスケスの絵にも表されてますし、
闘牛の座席もソルとソンブラで分けられます。
スペイン人、特にアンダルシア人、イコール陽気というイメージがあります。
が、これ、反動すごいです。
家族の不幸に対してとか、悲しいことに対面したときに、
崩れ壊れること・・・・。ここにも太陽と影を見ます。

太陽と影、そういえば日本には「北風と太陽」なんていうお話がありましたが。

今日、夜型、地区の停電がありました。
ここセビージャの住宅街、ヨーロッパなのに、
本当にここはヨーロッパ?と思うときが多々あります。
夜19時過ぎくらいに停電が起こりました。
1時間以上続いてましたが、
どうせまた寒さで暖房使いすぎなどによるオーバーヒートでしょう。
真夏や真冬によくあるんです。
中庭をのぞくと、停電のはずなのにずいぶん明るいんです。
街灯はついてる???と思えば、月明かりでした。
電気をつけたような明るさで。
住宅の明かりがすべて消えている中、
月明かりが目だちました。
大昔は、こんな感じだったのかな〜なんて想像してみました。
その後知ったのですが、
昨晩の月は、NASA発表の、今年一番大きなものだったとのことです。







フェリアに向けて。

(14 Enero,2009)   


クリスマスが終わってから久しぶりにセンターのショッピング通りに行くと、
なんかゴーストタウンのようでした。
バーゲンの時期だというのに、
まず、人が出ていないんです。
陳列を整理している店員の姿ばかりが目立ちます。
失業者もいつになく増加しているようですし、
購買力も弱いですね、全体的に。

そんななか、不動なのがやっぱりフェリア。
クリスマスが終わった瞬間からひそかに始まってます、フェリア準備。
まずは街のショーウインドーから。
新しい衣装が並び始めてます。
昨年あたりから新しく始まりかけてるMODA(モード)は、
高級感が高まる、編み上げたマントンシージョです。
セレブっぽい世界で、高級女性をかもし出します。

街のショーウインドーからいくつかを。
ほかにも、新しいタイプのガルガンティージャ(喉もとからのフレコ)も
出始めてます。
また近々ご紹介しますね。



編み上げた細めのマントンシージョを
胸元で交差して左右の脇で止める、
という着用法が斬新なところです。
よくバタ・デ・コーラのときに、
普通の長いマントンシージョを交差させて左右の脇で止める方法がありますが、
それの編み上げバージョン、
しかもセビジャーナス衣装で、です。




メガネ

(13 Enero,2009)   


先週注文していたメガネが出来上がったという連絡が入り、
取りに行ってきました。
今はバーゲン時期なので、2×1(ドス・ポル・ウノ)という、
2つ買って支払い1つ分、とか、60%オフとかやってます。
私は、かれこれコンタクトレンズ歴20年以上で、
同時にメガネも使っているので、メガネ歴も同じく。
近視と乱視の合体で、かなり視力が悪く、
裸眼では外出するのが危険です。
裸眼で出かけて、デパートのマネキン人形に挨拶したこともあります。
夜空の三日月はバナナの房に見えますし。



私のように、昼間コンタクト、夜自宅ではメガネというパターンの人は多いはずです。
娘が私のメガネをはずし、遊ぶのが大好きなので、自由に遊ばせていたら、
壊れてしまいました。直せないまでに。
数年ぶりに作り変えることになったのですが、
メガネの流行も国ごとに違うのか、
たぶん日本よりスペインのほうがメガネをファッションの一部と化して、
好んで使っているかと思います。
伊達メガネのようで実用的なものを。




メガネやさんに行くと、売られているフレームは、
どれも似た感じで、セルフレームばかり。
直線的で太いフレーム、シャープなイメージのものが主流です。
そういわれてみれば、
この国の若い女性のファッションは、
9割がたスポーティーな感じかシャープな感じの
パンツ系。ジーパンが多く、スカートはほとんど見ません。
あえて存在するのはヒッピー系くらいかも。
フェミニンなかんじってまず見ないです。
フェリア衣装か盛装するときくらいでしょうか。
なのでこんな感じのメガネが似合うんですね。
なるだけ目立たないようなメガネ・・・と言うよりは、
より目立つメガネが好まれるようです。
なので意外とカラーで出回ってます。




老眼のメガネもなかなかお洒落で、
やはりこちらも伊達メガネのような豪快なものが多いですね。
メタルフレームが少ないです。



最近ではレーザーの手術で視力が回復できる時代になっていますが、
私はそちらはまだ計画に入ってません。
コンタクトとメガネを同時に使っている人はわかると思いますが、
車を運転するときにはメガネよりコンタクトのほうが便利なのですよね。
メガネというのは顔を横に向けたり、サイドの微妙な見え具合が
密着して目に一体化されてるコンタクトほどの厳密さに欠けるので。、
セビージャの旧市街は、
車が存在する前の馬で移動していた時代からの道で、
切り返しを何度もしながら、なんとか中型車が1台通り抜けるくらいの細い道が多いのですが、
何年間も乗りこなしている車だと、もう体の一部状態で、触覚状態です。



 

出産後、コンタクトもメガネも見えづらくなてしまい、
子供を授かったと同時に視力を失ったものかと今日まで思っていたら、
今回知りました。
出産を機に、ちょっと視力が良くなっていたのでした。
そんなことってあるんですね。すばらしい!




このセビージャ通信を書く&写真撮る、の私のモットーは、
無理をしないこと!生活の中で負担にならないように。
なので、写真も、メガネやさんの半径数m以内で、数分以内に撮ったものです。
街に繰り出せば、メガネのGUAPAがもっともっとたくさんいますので。
セビージャに来たときにチェック入れてみてください。


 




オリーブ。
平和のシンボルでもあります。


(12 Enero,2009)   


家の中でオリーブオイルの瓶を落として割ってしまいました。
手から滑って床に落ちたので、投げつけたように豪快に割れたので、
足元も靴下、スリッパ、ズボン、すべてびちゃびちゃ。
オリーブオイルの良いものは、ガラスの瓶や陶器に入っていたりするので、
割れやすいというのがあります。
高級なオリーブオイルだったのに・・・。
もらい物でしたが。
悲しむまもなく、犬たちが走りよってきて水溜りのようになった床のオリーブオイルを
なめはじめました。どちらかと言うと飲み始めたという感じでした。
ペチャペチャ、というよりはゴクゴク・・・と。
「え〜っ?!オイルなんですけど〜!」
驚く私のことなど気にすることなく犬たちは、
オリーブオイルを肉汁のように扱ってるし。
ジュース?
そういわれてみれば、エキストラバージンのオリーブオイルって、
オリーブジュースです!
犬ってすごい。よく知ってるねえ。
修理場のエンジンオイルなどは決して飲まないはずですし。


 

ガラスを拾い上げ、床を拭きはじめて気づきました。
床もツルツルでいい香り。
掃除した手もハンドクリームを塗ったみたい。
ちょっと髪にも塗ってみるか、と。
すばらしい!
ひまわり油やゴマ油では、そういうことにはいかなかっただろうし。
やっぱりオリーブオイルはすごい!

夕方洗濯物を取り込みに中庭に出ると、
最近いつもご近所さんの暖炉の煙の匂いがします。
別に不快なにおいでもないのですが、
洗濯物に入れてる柔軟剤の香りが・・・。
この暖炉の燃料、マキに使われる木もオリーブ。
オリーブってやっぱり偉大な木だー!
オイルに絞ったカスは、家畜たちの飼料になったりするようだし。
無駄のない木。オールマイティーな木です。
我が家の地区にも植わってます。


 

スペインが世界ナンバーワンのオリーブの生産国で、
スペイン人の人口4千万人。オリーブの木2億本。
オリーブたちが住んでる?のです。
その中でもアンダルシアが80%以上を占めていて、
アンダルシア州だけでも世界の30%近くの生産を占めてます。その中でもハエンが一番盛んな土地です。
数年前の寒波でハエンのオリーブの木たちが死んでしまった
というニュースを見ましたが、
今来ているこの寒波でもかなり影響あるはずです。
ハエンのオリーブの木が植わっている山々は真っ白。
心配です。
海沿いのマラガの町の周りの山々も真っ白で、
マラガの海岸沿いに15年以上住む友人から
「ちょっとー!周りに見える山たち、全部真っ白しろよ〜!
こんなの見たことない!」と電話がありました。
テレビのニュースは、大雪ニュースとパレスチナ、
それが繰り返されてます。





↑↑これらは11月に撮った写真です。
緑の実をそのまま木に放置しておけば
熟した黒い実になります。




情緒の違いがセールにも。

(11 Enero,2009)   


景気の悪い話ばかりがそこらじゅうで聞かれ、
バーゲンのほうも、いつもの年に比べると動きが活発ではない様子。
なのにレジには長蛇の列。
テレビのニュースで見たのですが、
経済的なクリシス(危機)のために、
クリスマスにもらったプレゼントを返品に大勢来ているのだそうです。
現金で返金してくれるところもあれば、金券だったり。
他人からもらったプレゼントを売ってしまうということです。
しかも、それができてしまうから(可能だから)すごい!と思います。
私たち日本人の感覚では「ほんの気持ち」なんていう言葉が使われたりするように、
プレゼントって一方的に受け取るもので、
自分の財産の一部、収入になるという感覚は持ち合わせていないと思うのですが、
土地変われば微妙に感覚も違うようです。
「こんな地味な色じゃね〜」と言って、プレゼントにもらった服を、
知り合いは明るい色に替えてきました。

リーズナブルな店に行くと、広い販売面積の割には従業員の数が少なく、
店員も周りに見当たらず・・・
買い物に来た親たちは、子供たちをその辺りで自由にさせておくので、
商品山積みの陳列の台に上ったりして遊んでいたり、
マネキンを巨大お人形さん扱いで遊んでいたりします。
台に置かれた売り物の服は、靴で踏まれてぐちゃぐちゃ。
バーゲン対象商品の服は、何で?と思う汚れでたくさんです。
ボールペンやマジックっぽいのが多いです。
どうしたらこういう汚れが売り物に存在する????
と想像を掻き立てられます。


 


冷え込んだ朝。

(10 Enero,2009)   


朝目覚めると、凍えるように寒くて、
やっぱり世間が騒いだわけだ・・・と痛感しました。




朝明るくなり始めるのが8時半過ぎで、
それまでは街灯もともってます。
雲の多い日は朝焼けもきれいです。



明るくなってから犬の散歩に出る夫が、
朝10時頃に気温計が1度の表示の写真を撮ってきました。
なのできっと明け方はもっと冷え込んでいたはずです。
マイナス表示だったと思われます。
地面が凍っていて、道に停めてある車のボディーやガラスが凍ってます。
公園の草たちも、自らの呼吸で凍り付いてしまった様子。
セビージャは霜も降りない暖かい土地なのに、
これは珍しいことです。
50年以上降っていないセビージャの雪を見ることができるかと期待すれば、
やっぱり霜まででした。
寒い寒い。
ウゴは水溜りの凍りついた表面を手でパンチしました。



スペインは全国的に雪に覆われてます。
アンダルシアでも標高の高いところでは雪が見られているようです。
グラナダやロンダが雪に覆われることはほぼ毎年に近くありますが、
今日はミハスでも雪がちらついたそうです。



セビージャは暖かいところなので、
道端にダンボールを敷いて寝ているホームレスもいます。
生きてるか?大丈夫か?ちょっと心配です。
各都市に、身寄りのない人、お金のない人が寝泊りできる施設が存在しています。
そういうところに行けばいいのに・・・と思うのですが。

首都マドリードに住む友人が、
「朝10時に出勤するときに街の気温計がマイナス6度だった」と言ってました。
「街の中でこんなに真っ白に積もったのは久しぶり」だそうです。
空港も5時間ほど発着ができないために閉鎖されたそうです。
そう考えると地下鉄は便利ですね。



のんびりした日。

(9 Enero,2009)   


今日は久しぶりにのんびりとできた日でした。
ニュースでも昨日は「明日からものすごく冷え込む」と騒いでいたので、
そんなことなら家から出ないようにしておこう!と午前中は家の中で娘と遊び、
午後から外に繰り出しました。

昼ごはんのあと、だらだらと見ていたテレビの踊りの番組に、
アントニオ・カナーレスがゲストとして迎えられていて、
カナーレスとその仲間たち、ということでいつものごとく、
若手を育ててあげようというカナーレスが、
自分は最後にちょっとだけ、将来性のある若手がメインで踊るというパターンでした。
フアン・デ・フアンがもう一人立ちしたので、
また別の若い男の子が弟子として育て上げられてるみたいですね。
フアン・デ・フアンは、彼が16歳だったときに、マノロ・マリンのクラスで一緒でした。
何年前のことかは思い出せませんが、今の彼の年齢から逆算すれば明確です。
多分15年くらいは経ってると思います。
お子ちゃまだったのに・・・。時が経つのは早いです・・・。
テレビでカナーレスの仲間として踊っていた新しい若手は、
白いシャツにルーズに穿いたGパン、腕を上げると白シャツのすそから
パンツのゴムが見えて、今風な若者のカジュアル姿で踊ってました。
それとは対照的に、カナーレスは、
上下黒でいかにもできる限り細く見えるように試みていると言うのが
よーくわかるのですが、横向きになったら厚みがごまかせず、びっくりサイズです。
うおー、うまいもの食ってんな〜、って感じです。
なんか背中にチャックでもついてるかと思わせるような気ぐるみ着てるように見えましたが。
踊りはさらに面白くなってました。ちょっと???でしたが。

午後、外に出たときに、カフェテリアに置いてあった新聞を見ていると、
バタ・デ・コーラの記事が1ページありました。
こういうはやっぱりセビージャ新聞に限るので、
他社ある新聞の中で、普段から私が一番主に見ているのは、やっぱり地元の新聞です。
そこに出ていたバタ・デ・コーラの記事は、
すっかり使用が少なくなってしまったバタ、ということで取り上げられてました。
数年前にホアキン・コルテスが、バタ・デ・コーラを人々の中に呼び戻すために、
注目を浴びるように使用した黒のバタ。
このホアキン・コルテスの黒バタは、コーラが9mもありました。
男性らしくするために真っ黒に黒刺繍で。
普通バタはツーピースよりもワンピースが好まれますが、
肩から続いていたほうが支えやすいからだと思います。
ホアキンのバタは上半身が裸で、スカートのみ。
9mのコーラだけど踊れるように!という注文で、
2週間ほどかけて作り方を考え出したそうです。
9mのコーラを腰で支える製作側の秘訣などか軽く触れられてました。

こんな感じで、さりげない普通の生活の中にフラメンコの要素がたっぷりあるんですね。
やっぱりセビージャだな〜と再認識です。



数年前に「美しい!」と思って買った雑誌のことを思い出して、 引っ張り出して再度見てみました。
デザインとアートの「NEO」という雑誌なのですが、
表紙のホアキン・コルテスを見て、私はそのときに「美しい」と思ったのです。
家にあったその雑誌を見た夫は「やらしい」と言ってましたが、 アートの雑誌ですから。そういう目で見てください。(←お願い)


冬の奇譚

(8 Enero,2009)   


ここ数日で、すっかりセビージャも冷え込んでしまいました。
「木曜日から金曜日にかけて、セビージャに雪が降る!」と、
町中の人たちが騒いでます。挨拶のように語ってます。
誰が言い出したのか知りませんが、
誰もが聞いてきた情報として周りに語ってます。
セビージャは零度以下になることのない土地なので、
雪も降らないし、霜も降りません。
そんなセビージャに雪?まさか・・・
と思い、スペイン気象庁のホームページで確認すると、
確かに最低気温はマイナス2度とかマイナス3度とかになっているんです。
驚きました。
が、天気予報は、晴れと曇りです。
物理的にそれだと雪は降らないと思うのですが。。。
私は年末から天気予報を追っていたので、このあたりの天気予報は
かなり前から把握していましたが、
1月6日の祝日前あたりからはずっと雨マークは消えたままです。
こんな状況の中、なぜに雪が降る!と人々が言っているのか
不思議でなりません。
もしこれで本当に雪が降ったら、どうしましょう???!!
説明がつきません。
気象庁の降水確率はゼロ%です。10とか20とかじゃなくて、0%です。
で、人々は雪が降る!と噂してます。
不思議です。

真冬の昼間、花火をやっている子供たちを見ました。
子供だけで花火なんて危ない!と思うのですが。
どこで花火を手に入れたのか知りません。
クリスマスプレゼントだったのでしょうか?
どこで売っているものなのか、私は知りません。
でも残念なことに、花火のよさをまるで知らない様子です。
爆竹の扱いで。
真冬の真昼間に花火でした。
そういえば、ここでは大型の花火しか存在していないような気がします。
線香花火とか、ネズミ花火とか、存在してません。
もちろん浴衣もないし・・・。ま、今は季節外れですが。


 



小規模で庶民的なカバルガタ

(7 Enero,2009)   


1月6日、全国的に祝日で、
街中の子どもたちは、今朝方枕元に届いたプレゼントを外に持ち出して遊んでました。
家の中だけでなく、友人、仕事仲間、親戚などの間でもプレゼントが行き交い、
大人たちもみなワクワクしながら届けに出かけたりするので、
昼間はいくつもの紙袋を下げながら歩く人たちをたくさん見ました。
やはり子供たちへのプレゼントがメインなので、
我が子は親戚もスペインにいないし、かわいそうかな・・・と思っていたら、
私の携帯電話にメールが届き、
「あなたの娘さんにレジェス(プレゼントを持ってくる王様)がプレゼントをここに置いていきました。
取りに来てください。」と。
娘と行ってみると、ソニアジョーンズの工房メンバーたちからのプレゼントがそろっていました。
踊る犬のぬいぐるみや、洋服などが次々とプレゼントされました。
本人はまだ1歳なので、よくわかってませんが、
耳と手を使って踊る犬にはバカ受けしてます。
うちの3匹の犬たちは耳では踊らないので。



1月6日の昼間は、街の地区ごとにカバルガタが出ます。
昨日のセビージャ市が行う大規模なものではなくて、
レベルは下がりますが、もっと人間くさい、小規模で庶民的なものです。
住宅街の細い道に入り込みます。
これも同じく飴が撒かれます。
ハムの真空パック、スナック菓子、ボール、笛、スゴロクのような紙のゲームなど、
飴以外にもいろいろと飛び交ってました。



行列の山車は、軽トラック。
飴を踏みつけながらゆっくりと走っていて、タイヤは飴でベチャベチャのグチャグチャ。
飴を撒く子供たちが飴を入れるためにバケツ代わりに持ってるものは、
業務用のマヨネーズで使ったもの。
子供たちの中には飴を撒くのをそっちのけで、
自分でお菓子を食べてしまってる子の姿も見られ、
やる気なくなったのか疲れたのか、
カバルガタの高い場所から両肘ついて道の人々を見物している子もいました。
仮装してパレードに参加している大人たちは逆で、
子供以上に楽しんでいるようでした。
セビジスタ(サッカーチーム「セビージャ」のサポーターたちは、
仮装した上に、首にセビージャチームのマフラーを巻き、
ビール片手に盛り上がって歩いてました。
音楽好きが集まった「おじさんバンド」も、
カバルガタとは関係ないような涼しげな雰囲気で、
トラックの荷台に腰を下ろして演奏しながら通り過ぎて行きました。
昨日のものとは違って、地区のものは、
周りを楽しませるカバルガタ側が楽しんでしまっていて、
ちょっとカーニバルの行進っぽいノリです。




この日のために11月末からみなクリスマス準備していたと言うのに、
今日で終わってしまいました。ああ・・・。
3月のセマナ・サンタまで待ちきれないので、
2月のカーニバルで騒いでおくか、ってところでしょうか。
なんだかんだと言って、毎月お祭り行事を設けているように見受けられますが。
これが人生楽しみながら生きてゆく秘訣なのかもしれません。
お祭りとお祭りの間に働く。
次のイベントまで頑張って働き、
節々があると、働くにもハリがあっていいのかも知れませんね。







2日前から食べ始めたロスコンのなかから、やっとおもちゃが出てきました。
王様の人形。

私はデザートで有名な老舗レストランのロスコンを買ったので、 王様も昔ながらではのセラミック製でした。
小さなもので、大きさにしたら飴玉です。
昨日のカバルガタでゲットした飴の中に混ぜてみました。

昨日の約1時間の飴ゲット戦で、ジャンプしたり、かがんだり、
普段使わない筋肉を使ったようで、本日私は筋肉痛です。
そういえば昨日は汗かきながら頑張ったのでした。






カバルガタ・デ・レジェス

(6 Enero,2009)   


1月5日の夕方は、毎年恒例のカバルガタ・デ・レジェスが街に出ます。
ディズニーランドのエレクトリック・パレードを思わせるような、
子供が中心となった仮装行列の山車が街中に飴を撒きます。




東方三賢士が街にやってきた!ということで、
3人のらくだに乗った東方からの王様が
クリスマスプレゼントを持ってきてくれる人なのです。
サンタさんではなく。。。。





スペイン中、どこの都市でもこのカバルガタは出ます。
郊外の村でもあります。
人々はカバルガタが街中に投げて撒く飴を持ち帰るために、
大きな袋を持ってきます。ダンボール箱を掲げて構えている人たちもいました。
傘を逆さにして受け取る人も。
私だって頑張りました。顔面で飴を受けたり、おでこに直撃したり、
自宅に帰ればコートのフードの中に飴が入っていたり、
ズボンの折上げた裾に入っていたりもしました。
昔、バルセロナで見たときには鼻にあたって鼻血を出したこともあります。
1時間くらいかけて通過する30台の大型山車が投げてくる飴をキャッチした結果、
何百個の飴をゲットしました。数えるのは大変なのでやめておきます。
飴の袋を見て、スポンサーのチェックをしてみました。
銀行、政党、ショッピングセンター、保険会社、
財団やアンダルシア州政府などの飴もありました。
こういう街の伝統行事に参加する心優しい企業たちをチェックしてあげよう!
と飴を一つ一つ手にとってみました。
中には聞いたこともない文字があり、裏にホームページが書いてあったので
見てみると建設会社でした。
せっかくなので一通りホームページを見て、これで少なくとも
ここに一人、その会社に認識を持った人が増えたわけです。





「サムライ堂」を名乗る山車もあり、乗っている子供たちは芸者の化粧。
かつらをかぶってますが、ずれ落ちているのか、かぶり方を知らないのか、
ベレー帽みたいになってました。



偽ディズニーの山車には「ミッキー!ミッキー!」の歓声が。
顔がハート型していて、ミッキーもミニーもどこか違って見えました。





セビージャのカバルガタを見たあと、テレビでマドリードの街のものを見ました。
全然違う・・・。
東京ディズニーランドのエレクトリック・パレードをはるかに上回っている豪華さ。
水中バレエの山車などもあり、クリスマスとはかけ離れた夢の世界です。
一方、クラシックスタイルも忘れることなく、
バレンシアの郊外からアヒルの軍団を連れてきていて、
何十羽のアヒルたちが列に参加してまっすぐに軍団で行進しているんです。
これには驚きました。アヒル使いの男性も一緒に歩いて、
アヒル語を話すんですね。号令かけてました。
アヒルって賢いのですかね?
セビージャの街でも、アヒルがバルの入り口で、中でコーヒーを飲む飼い主を
じっと待っている姿を見たことがあります。犬のように。
マドリードのものは一見あり!です。


これら、私が収穫してきた飴たち。
今年からグミも投げられるようになりました。
でもスペイン人はグミのことも飴と呼ぶのです。

「ロスコン」

(5 Enero,2009)   


1月6日が、日本で言えば「こどもの日」みたいな祭日で、
その日に食べるお菓子があります。
「ロスコン」というのですが、ケーキのようなパン。
ケーキのふりしてますが、
王冠スタイルに焼かれた円形パンに生クリームがはさまっただけの単純なものです。
最近ではチョコレートとか、
カベージョ・デ・アンヘルという名のかぼちゃジャムをはさんだりするものも出回ってます。
上に飾りで砂糖漬けのフルーツが乗っけられていて、粉雪が降ったような冬の装いです。




ケーキ屋さんやレストランでは注文制のところが多いですが、
スーパーやデパートの食料品コーナーでも山積みされて売られます。
1月6日に備えて、数日前から売られているので、私も買いました。
我が家では私しか甘いものを食べないので、
もったいないので傷む前に食べきるように、
本日より一人でフェイントで食べはじめることにしました。




このロスコンは、家族や多人数で食べるもので、
中に当たり!のおもちゃが隠されてます。
通常は耐熱性のプラスチックの王様の小さな人形ですが、
伝統ではプラスチックではなく、セラミックです。
この王様の人形が誰に当たるかが楽しむところで、
はずれ!の豆も入っていて、豆が当たった人はロスコンの代金を担当する、
というのが一般的なロスコンの楽しみ方です。

このロスコン、今回禁止になるかもしれなかったんです。
EUが茶々入れてきて「食べものの中に隠されているおもちゃ」ということで、
EUで禁止されていると言い出し、
ロスコンはピンチになったのですが、
ロスコンのおもちゃがEUの規定のおもちゃまで至らなかったことで、
危うくセーフでした。

EUに足並み揃えるというのもなかなか大変ですね。
どんどんヨーロッパが大きくなっていく中、
スペインでは国内からも独立しようとしているバスク地方などもありますが。



 

ヨーロッパがユーロなら、アジアも対抗してアジアン!なんていう
共通の通貨で・・・なんてありえないですよね。
で、日本の伝統のお雑煮なんかに、アジアの他国が、
「お餅は喉につかえるので危ない食べ物だ!」なんて禁止させようとしたりして・・・。
怒っちゃいますよね。

ロスコンだって、子供は大人の管理のもとに楽しみますし、
たいしたことじゃないのでは?と私は個人的に思いますが。
皆さんはどう思いますか?


王様たちは、悪い子にはカルボン(炭)をプレゼントの代わりに持ってきます。
この時期、お菓子屋さんには
カルボンということで炭のようなお菓子が売られています。


ロスコン、おもちゃなしですが、お一人サイズのものも売ってます。
当たりのおもちゃが欲しいので、大型のロスコンを一人で食べ始めた私は、
4分の1ほど一気に食べましたが、まだ当たりにたどり着けず、
気持ち悪くなってます。


立派な老人までも

(4 Enero,2009)   


セビージャの新幹線の駅、サンタフスタ駅の前のバス停から
バスに乗ろうとしていました。
ここのバス停からは、32番とC1番という2本のバスが出ています。
私が乗るのはC1番。C1,C2,C3,C4番なんてありまして、
このCがついてるのは、シルクラール(サークル)するということで、
セビージャの街中を山手線のようにクルクル回っているものです。



バス停には、バスを待つ一人の女性がいました。
あと私、ふたりだけでした。
そこに一人の老いた男性がやってきました。
これで3人。
その男性が、バス停で待っている女性に話しかけました。
「何番のバスに乗るんですか?」と。
女性は答えました。「32番ですけど・・・」と。
すると男性は「僕はC1番に乗るのですが、1ユーロ足りなくてバスに乗れないんです。」と。
女性は「同じバスだったら私の回数券を使ってもいいけれど、
ちょっと現金は渡せないわ。ごめんなさい。」と。
本当にこの男性、1ユーロ足りないのだろうか?と疑惑です。
でも身なりもしっかりしているし、物乞いっぽくもないし、
もし私に何か言ってきたらどうしようか・・・と迷っていたところ、
外国人だから言葉も通じないと思ったのか、私には何も言ってきませんでした。
その女性のバス32番が先に来て、女性は自分のバスで行ってしまいました。
バス停に残されたのは、老人と私。
C1番のバスが来ました。どうしよう・・・と思っていたら、
バスに先に老人が乗り込みました。
運転手に何か言うんだろうな・・・・と後ろに並ぶ私は見守りながら、
いざとなったら私の回数券で乗せてあげようと思っていたら、
なんてことはなく、老人は自分のフリーパスカードを胸から出し、
バスに乗りました。
やっぱり嘘だったんだ!




この手の小銭稼ぎは、20歳前後の青年あたりによく見られるパターンですが、
立派な老人までそんなことをしてしまうなんて。。。
1ユーロというのが微妙なところで、しかもこれが50セントなんていったら、
案外簡単にもらえたりするのかもしれません。
一日中、皆からそれをやると、いい収入になりますよね。
私は大道芸人には小銭をあげても、この手の人にはお金を渡しません。
長距離バスの切符売り場のところでも
「あと1ユーロ足りなくて切符が買えないので助けてください」なんていうのをよく見かけます。
道でも「ガソリンがなくなってしまって・・・・」と原チャリを押しながら
小銭を求めて手を出してくる人とか、
「車のオイルが切れてしまって、あと7ユーロ足りない!」
なんて自宅の前で言われたこともあります。
そのときには、「僕はエシハ(セビージャから30分以上車で走った村)から
毎日ここの近所の家のリフォームの仕事で出勤してきているのだけれど、
エンシンオイルがなくなって車が止まってしまった。
近くに買いに行ったら持ち金が7ユーロ足りなくて・・・。
明日、返しに来るから7ユーロ貸してもらえないか?」
と言ってきたのでした。
「明日返しに来るまで、ここに僕の鍵か何かを置いていくから。」と言い、
あまりにも細かい説明で、半信半疑ではありましたが、
懸けてみようかと思い、貸してあげることにしました。
「明日、うちは留守にしているので、封筒に入れてポストに入れておいて。」
と言っておいたのですが、もちろん、数ヶ月たった今でも、
7ユーロは戻ってきません。


 

みんなそんな風に貯金箱をためているんですね。
もともとこの国では、チップという習慣があり、
飲食店で、会計にちょっと上乗せしたり、小銭を置く習慣があるので、
多少の小銭には人々はおおらかです。
簡単なアルバイトもほとんど存在していないので、
勝手に収入手段を作り出してる知恵?でしょうか。




「TE AMERICANO」

(3 Enero,2009)   


「ハッピー・ニュー・イヤー」は、スペイン語だと、
「フェリス・アーニョ・ヌエボ」です。
今年は丑年、牛!ということで、
ハッピー・乳・イヤー!で乳(ミルク)の話していいですか?
オヤジ・ギャグ入ってきてしまいました?

スペインのカフェテリアでは、コーヒー以外にもジュースや紅茶などが
飲まれますが、
紅茶の種類は少なく、ハーブティーは何種かあっても、
紅茶は一種類しか扱っていないところがほとんどです。
お湯を注ぐだけのティーパックで。
でも出所不明の変わった紅茶があります。
「TE AMERICANO」と言いまして、アメリカ茶ってことなのですが、
アメリカ合衆国のアメリカなのか、中南米のアメリカなのかもわかりません。
スペインでアメリカというと、ラテンアメリカのことを示します。

で、この「TE AMERICANO」を注文すると、
熱したミルクに紅茶のパックを入れ、
シナモン一本、レモンの皮を入れて出してきます。
ミルクで紅茶が出せるのか、そもそも謎なのですが、
レモンとシナモンが入ってミルクで出した紅茶、
これが「TE AMERICANO」です。

しかも、ミルク+レモンで、考えれば、
レモンティーとミルクティーを混ぜたようなものです。

カフェテリアなら注文可能です。ホテルのバルでも大丈夫です。
町のバルだと、「中に何入れたっけ?」
なんて逆に聞かれてしまったりするかもしれません。
お試しあれ!



自分の身は、自分で守る

(2 Enero,2009)   


元旦の朝から、私は仕事でした。
元旦から何やってるの?と思われるでしょうが、観光ガイドです。
日本人は年末年始、海外旅行に出るかた多いようですね。
特に今年はいつになく多かったと思います。
円高の関係かもしれませんね。

セビージャの元日は雨。天気予報の通りです。
たまに雨が上がって太陽が射したりしました。
元旦朝10時のセビージャの空です。

新年早々、目の前に天からの巨大なプレゼント?が降ってきました。
嬉しいものではなく、喜ぶものでもなく、プラタナスの木です。
たまたま人が通っていなかったのでよかったですが、
人がその下にいたら、その場でさよなら・・・だったでしょう。
かなり大きな枝というよりは幹じゃないの?と思うような
太さの枝が地に降ってきたのでした。
この手の話はよくあります。




セビージャの街路樹に大木のプラタナスが使われているのですが、
これが朽ちていて、枝が折れて地面に落ちてくるんですね。
数年前の夏にも、病院から退院してきた女性が、
病院前のプラタナスの木の枝が朽ち落ちてきて下敷きになって死亡!
という事故がありました。何のために病気を克服したのか・・・
って後悔しきれないですよね。
こういうのも運命、と言い切ってしまうものなのでしょうか。。。。
その事故のあとは、セビージャの町はあわてて街路樹のプラタナスの伐採を
はじめましたが、今でもしょっちゅう大きな枝が落ちてくるところに
私が遭遇するということは、私の知らないところでも千と存在しているのでしょうから、
大問題だと思うのですが。
市内の大通りでもプラタナスの木が通りを走っていたタクシーの真上に落ちてきて、
下敷きになったタクシーがV字になってしまっている姿を見たこともあります。

元日早々、私の目の前に落ちてきた木、写真に撮りましたので、
こういうのが降ってくるということを現実として受け止めておいてください。
雨の日、強風の日は、こういうのがよくあります。気をつけましょう!

そういえば11月末、地下鉄工事のために地下を掘っていた現場で、
地盤が陥没しました。地盤沈下。
陥没現場は、セビージャの町のど真ん中、プエルタ・デ・ヘレスです。
アルフォンソ13世ホテルの目の前の広場のところです。
「地下鉄を掘ったって絶対に陥没するから、まあ見ててみい〜。
私は怖いから乗らないね〜」なんて言っていたら、
完成前に既に陥没したので、驚きました。意外と早かったです。



セビージャでは自分の身は自分で守らなければなりません。
なので市民たちは皆、自然とそういうことに自覚ができてます。
日本のように、何もかもが守られてはいません。
一方通行を逆通します。信号無視もします。
木だって降ってきます。
ボケッとしてたら置き引きだってあります。気をつけましょう。

2009年が良い年になりますように。
新年スタートから、あらためて身を引き締められる思いをしました。


雨のために初日の出は見られませんでしたが、
その代わりに昼間、虹を見ました!



2009年、元旦

(1 Enero,2009)   

あけましておめでとうございます。
いつもこのセビージャ通信を読んで下さっているかたがた、
ありがとうございます。
2009年も、気楽に自由につづらせていただきたいと思います。

セビージャは12月31日の気象庁発表降水確率100%!と言う中、
午前は快晴。昼間も晴れ間が続きました。
傘を持って歩いている私は笑われているようでしたが、
スペイン気象庁だって100%と言い切るくらいですから、
雨が降らないわけがない!と信じていましたら、
やっぱり夕方から雨になりました。



日本の気象庁は降水確率は10%単位のところ、
スペインのは5%単位なので、意外にもスペインのほうが細かい?のでしょうか。
雨の中、カディスの海岸に行ってきました。
晴れていれば大きな夕日、一年の最後の太陽がカディスの水平線に、
真っ赤に大きく沈むのですが、雨のため、なし!
曇っていたら真っ赤な夕焼けになるかな、と期待してみましたが、
大雨のため、夕焼けすらありませんでした。残念。




1月1日、カウントダウンは12粒のブドウを食べるという習慣があり、
テレビはどのチャンネルも、カウントダウンをやります。
新年を告げる12回の鐘にあわせて12粒のブドウを食べます。
最近は12粒入ったカウントダウン用の缶詰が市販されてます。
種抜き&皮むきだと、より簡単にカウントダウンに使えます。
12の鐘にあわせて12粒食べるのって、意外と大変で、
途中で噴出したり、むせたりもします。だいたい口の中にたくさんたまってしまって、
新年を迎えたあとにもモゴモゴと噛み砕いていたりするものです。


娘が「パパ〜!ワンワ〜ン!」と砂浜を走り始めて顔面から転んだ瞬間写真。

が、しかし!
今年、私は余裕でした。12粒の倍くらい食べられたかも?の勢いで。
指折って数えれば、今回で16回目のカウントダウンのブドウです。
16回もやっていれば、もうプロ並みか?とも思いましたが、
他の人も言ってました。
「今年はブドウを余裕で食べられた!もしかして鐘と鐘の間の秒数が長くなった?」
なんて会話になったので、気になって周りに聞いてみたところ、
驚くことに、今回は12粒食べる時間が1秒長かったということです。
天文学的に、時間調整に2008年の12月31日午後11時59分の
最後の1分が61秒あったのだそうです。
その1秒分が12の鐘に分散されたのでしょうか?
厳密には私は知りませんが。


大晦日の夕暮れ時に海岸沿いを走るライオン男?に遭遇。
ライオンを背負ってるし、ヘラクレス?



そういわれてみれば、アンダルシア州のシンボルマークのよう。

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