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娘の新学期から始まる学校の制服を購入するのに、
とりあえず一段落できました。 ちょうど目の前に激安スーパーマーケットもあったので、 オリーブオイルを1本だけ購入しました。 ビン入りのエキストラバージンオイル1?で2,3 ユーロ。250円以下? これらを抱えて娘のマイカーで市バスに乗り込むのにバス停で待っていると、 目の前は超アンダルシアスタイル建物の老人ホームでした。 本日の午前中は、これで終わってしまいました。 マイカーの持ち主、本人は大満足だったようです。 シートベルトも必ず着用してます。 追伸: ソニアジョーンズ店3日間安息日にならい、 こちらも3日間ほどお休みさせていただくことにします。 バレンシアではここ100年の最高気温を記録しました。 残暑お見舞いにはまだまだ絶頂の夏が続くスペインです。 また3日後に。
この写真、何だかわかりますか?
「○○さんの葬式、○月○日○時から何処どこ教会にて」と。 喪主が案内を新聞に出すので、広告と同じく有料なので、 金持ちは1ページ全て使って大々的に載せたりします。 まあ、これは比較的社交界に顔が広かった人の遺族が、 より大きく載せるもので、 たまにバルで新聞を見ているおじさんに、 「どれどれ、俺は死んでないかな。。。。」と一通り広告に目を通し、 「おー、よかった。今日も俺は載ってなかった。。。」と、 自問自答の面白くないギャグやってる姿を見かけます。 その新聞の写真を撮ろうかな?と今思いまして、 家の新聞を見てみると、最近は他紙を購入することが多いため、 家の隅っこに溜め込んである新聞紙から取り出そうとしたら・・・、 新聞の日付が2008年でした。 なんで私は2008年の新聞を取ってあるのでしょう?と考えたところ、 数年前から、自宅の全ての部屋の扉をカラフルにペンキで塗り替えてしまおう! と計画していて、パティオで1枚ずつコツコツと塗っていけば、 業者にお金払って頼まなくても自分でもできるさ!と思い、 その際にたくさんの新聞紙を敷くことになるだろう・・・と、 近い将来に必要となる新聞紙を確保するために溜め込んでいたら、 あっという間に扉を塗り替えることなく2年経った・・・ と言う解説になります。
娘の熱も完全に引かないので、
娘が熱を出しました。39,5度もあり、薬を飲ませました。
追伸:
知り合いから「ビエナルチケットの転売サイトを教えてくれー」とメールが入り、
ここ数日間で再び気温が上がり、
少し前に、大西洋海岸側で、水平線に沈んでいく夕日を見たばかりなので、
なんという偶然か、今日が満月だったのです。
8月も下旬になり、街中に細かい作業人の姿を
私の人生の中で、忘れられない夢、 朝起きてびっくりした夢の中のリストのひとつに、 中学生の時に見た、 四角い月の夢というのが忘れられません。 いまだに実際に見たことありません。(あたりまえですが) でも夢の中で見た、美しい四角い黄色い月のことが 今でも忘れられません。。。。 あ、すみません。それがどーした、ってかんじですね。 ふと思い出したので。 夜空の月はスペイン語で「LUNA」ルナと言いますが、 夜空の月はスペイン語で「LUNA」ルナと言いますが、 昔昔、私が日本にいたころ、 「オルケスタデラルス」というバンドが有名で、 スペイン語も全然無関係だったそのころは、何も知らずに、 日本で一般的に呼ばれていたアクセントで同じく呼んでいましたが、 今思えば、「オルケスタ・デ・ラ・ルス」(光のオーケストラ)で、 どこにアクセントを持って呼ばれるものなのか、 日本では「オルケスタデラルス」を一気読みして、デあたりに アクセントを持っていたような記憶が。。。
ファルキートのビエナルのステージに、
ヘレスと言えばシェリー酒で、
ここ数年で、カクテルの「モヒート」が流行っていて、 最近ではモヒートの生ビールのような機械を置いている店も増えました。 スーパーマーケットではモヒートのアイスクリームも売っていて、 アイスクリームやさんでもモヒートのシャーベットがレモン味や ラムレーズン味と並んで売られてます。 やっぱり、ミントとライムを使ったスカッとした感覚が 夏にお似合いだからでしょうか、この人気。 街角に出店で出されていたカクテルバーも、 ミントとライムは常備、って感じです。
それにしても不健康そうな色した、素性のわからない飲み物が 暑さの中で出まわるのは、どこの土地でも同じようです。 私の中の、マイブームのお茶があります。 スーパーで市販されているものなのですが、 ミントとライムとアロエべラの入ったお茶。 スカッとしたお茶で、緑茶の渋さと清涼感がいい勝負かな、って感じで、 今私が毎日飲んでるお茶です。 で、このスカッと感のお茶と一緒に、 甘くて香りのいい、バニラとキャラメルのお茶、も毎日飲んでます。 この2つが私の中の、この夏のマイブーム。 冷たい麦茶やほうじ茶に勝ってます。
夏に冷たいものと言うのが自分の中の常識だったのですが、 年齢のせいなのか、暑いときに、この熱いお茶がたまりません。 ということで、街角の写真のような、氷たっぷりの飲み物よりも、 熱いお茶派の私のマイブーム茶の写真を強制的に送ります。 購入されたい方は、コルテ・イングレスのスーパーか、 イーペル・コールでなら確実に売ってます。 他にもハイビスカスのお茶とか、 ハーブティー関係もた〜くさん、種類がありますので。
最後に、 突然文字が大きくなったのは、文字を大きくして欲しいという 意見があるというのを聞いたので。。 すみません、私のほうは大型画面で書いているので、 小さなパソコンで読んでくれているかたのことまで 気づきませんでした。。。この文字の大きさでどうですか?
スペインに来た日本人に、よく「エスパ」について尋ねられます。 最初は、「エスパ」ってエスパーニャかエスパニョールか、 なんかそのあたりか?くらいに思ったのですが、 なんと靴だったのですね。 カスタ二エール社の「エスパドリーユ」の靴を略して「エスパ」と日本で呼ぶのだそうです。 それを知ってから、まあ、よく聞かれること。 「デパートで売ってますけどねー」と教えてあげられますが、 別にここじゃあ、その靴の類がうじゃうじゃ存在しているので、 別にそのブランドである必要がない、ってかんじです。 ご存知でないかたに、どんな靴かと説明しますと、 夏のお嬢さん風靴。農場風とか牧場風とも言えそうな。
もともと18世紀あたりの機械で靴を作っていなかった手作り時代からの名残が見られるタイプで、 ジュート(黄麻)ソールにキャンバス地のカジュアル靴。 最初その名を聞いたとき、フランスのものじゃないの?と思ったのですが、 会社名のカスタ二エールは、CASTANERと書き(大丈でしょうか?文字化けしました?) 二エールではなく、ニェールと書いたほうがいいのでは?と思うのですが。 エスパーニャに同じく、Nの上にニョロニョロ(〜)がついた、エニェという文字が入っていて、 これが思いっきりスペイン!です。この名を見てすぐに「スペイン製だ!」と確信しました。 スペイン語のアルファベットにはNの次にエニェが存在しています。辞書もそうです。 どうもこの靴は、バスク地方で愛用されていた靴から派生したらしく、 なので南フランスとかぶってフランス語っぽいのかな?と。 で、この種の靴、たくさん売られてますが、会社名を問わず、 気軽にお手ごろ価格でたくさん売られてます。
で、定番ぽくなっていて一過性のものでは終わらずに息の長い靴です。 それに対して激しく流行る今年ならでは!の靴は実際のところ別の種類で、 エスパともカスタ二エール社とも全然関係ないものですが、 ブーツ風サンダル。かかとの後ろ辺りが覆われていたり、 がっぽり履くブーツの型をくりぬきまくったかんじのスケスケブーツとでも言いましょうか。 とりあえずランダムに写真撮ったので、この夏一世風靡した靴をご確認くださいませ。 そして今年の夏のスタイルとして流行っていたのが、ジーンズの短パン。 超ミニなパンツが流行でした。 こんなの細身で足も長く、みんなカッコいいのでできるスタイルですよねー。 10〜20代のスタイルですが。 涼風感たっぷりのエスパ風の靴は比較的年齢の高い女性に多く好まれているようです。 今月末までバーゲンなので、今なら破格で売られているものに出会えます。
デパートで売り切れ!と言い切られた秋からの娘の学校の教科書は、 なんてことなく、近所の文房具やさんで予約して取り寄せ可能なのでした。 ご近所さんに教えてもらいました。しかも3日で届くのだそうです。 そんなの思いつきもしませんでした。文房具屋さんで教科書の取り寄せだなんて・・・。
ところ変われば、いろいろなところに違いがありまして、 この黄色い車、現金輸送車。 ピザ屋や中華料理の配達のバイク、パン屋さんの車が赤信号で襲われている様子を 見たことありますが(食べ物を奪って逃げる)、 現金輸送車を襲っている人、襲われているところ、は、いまだ見たことありません。
そして日本とはまるで違う、大雨が降ると簡単に陥没してしまう地盤のゆるさ。 浸水や氾濫もたくさん起こります。 朽ちかけた壁もよく倒れてきます。古い大木も頻繁に倒れます。太い枝も折れます。 あらかじめ対策をねるとか、自然災害を想定して作成するとか、 準備する、備えるという意識が浅いような気がします。 どうかなってしまったものを処理する。 事前に防ぐのではなく、事後処理が主のような。 CHAPUZA(チャプーサ)という言葉を良く聞きます。 手抜き工事とか、雑に終えた作品とか、ダサダサなものを示す言葉です。 そういうのが多いんですね。 昨日の突然の大雨でまた死者も出、被害がたくさん出たようです。
この先4年間の水は溜まっているそうなのですが、 それでもまだ降るんですね。 ここはヨーロッパ。でもヨーロッパのアフリカとも言われ、 実際に発展途上国なみの自然災害ニュースを頻繁に見ます。 一応ヨーロッパです。どこでもヨーロッパの旗、スペインの国旗、アンダルシア州の旗、 3旗を並べて飾る習慣があります。 今日は午後晴れましたが、気温は下がっていて涼しく秋の訪れ? と思わせるような、まったく汗のかかない一日でした。 これは非常に珍しい!!です。
昨晩、珍しいことに夜空の月が雨雲に隠れたり出たりしてました。 娘が大騒ぎ。 娘の言うところの「おしさかま」、私が言うところの「おつきさま」に 雨雲がかかろうとすると、 「おしさかまー、逃げてー!だいじょーぶー?!」と同時に、 雨雲に「来ないでー!あっち行って〜!」と叫ぶ娘。 ぜんぜん言うことを聞いてくれない雨雲に、娘はガンとばし始めました。 こ、こわい・・・・。じーっとにらみ付けてるんです。 で、この状況は娘の大好きな絵本、同じ年齢の親友から(正確にはそのお母さんから) もらった絵本で、お月様に雲がかかってしまうお話。 それと同じ状況だったので熱が入ったのでしょう。。。
そんな雨雲を見たのが昨晩、隣の都市コルドバの郊外では大雨で220リッターも振り、 1,2mの高さまで浸水した家もテレビのニュースで放送されていました。 土砂崩れ、壁が崩れ落ちた、などで、5名ほどが生き埋めになり、 死体で発見されたり、と、今日はテレビで盛んにそのニュースを見ました。 セビージャでも夕方突然、雷が強くなり大雨が降り始め、 家の中にいてもものすごい音がしたので、外を見れば、ひょうが降っていたのでした。 ほんと異常気象です。雨ではなくて痛そうな固形です。 出かける用があったので、タクシーを拾いました。 で、どうしてだか、そのタクシーは、大雨の中、ワイパーを使っていないのです。 ガラスの先が見えない状態。 よーく見ると、どうもワイパーを付けていない車のようでした。 車にワイパーがついていることが義務づいているのか知りませんが、 こんな車もあるんですね。雨の降らない時期なので、 ワイパーの必要性を感じていなかったのでしょうか。乗っていて怖かったです。。。 一種の夕立なので、まもなく雨とひょうはやみました。 あるホテルの入り口の前で、自転車のガキたち(男の子)が通り過ぎようとしました。 生意気にも髪にメッシュなどを入れてる子供たち。 大人にはまだ遠そうな年齢。10歳過ぎくらいでしょうか。 ちょうど私の前を自転車軍団が通り過ぎるとき、 1匹のネズミが目の前を走りぬけました。
大きさにしてハムスターくらいの小さなネズミです。 でも色はグレーで、基本的に小型ドブネズミ系。まだ赤ちゃんネズミなのでしょうか。 かわいいような、気持ち悪いような、複雑な感情を覚えましたが、 その必死に走り抜ける小さなネズミを見つけたガキたちのうちの一人が、 自転車を降りてネズミを走って追っかけ、サッカーボールを蹴るように ネズミを蹴り、死ぬまで何度も蹴って転がし、 ネズミはとうとう死にました。 死んだらそのまま、また自転車に乗って去ろうとするのでした。 そこはホテルの入り口の目の前でした。 その行為を見ていた私は、黙っていられなくなり、 正直言って小ネズミに「かわいそう」という感情が生まれたのですが、 「ネズミだし・・・」というのも同時に思い、それでもためらいもなく、 平気でこういうことをしたことに対して憤慨したのですが、 ネズミを殺すことは悪いことではないかもしれないので、 「ちょっと、あんたたち!そういうことするなら最後まで責任もってゴミ箱に捨てるか 持ち帰りなさいよ!」 とガキに言ってやりました。
「ネズミは悪いやつなんだ。殺すべき!」とガキが言うので、 「だからー、だったら責任もって最後まで始末しなさいよ。ここにそのまま置いて行くな。 ホテルの入り口でしょ!」と言っても、 今度は外国人の振りして言葉がわからない振りをし始めたので、 「お前たちの証拠写真(顔)をカメラで撮ってやるー」といわんばかりに 私も黙って、バックの中からカメラを取り出すと、 「逃げろー!」とものすごい勢いで皆で逃げ去ったのでした。その写真です。 大雨で配水管なども大変なことになり、 困ったネズミがさまよっていたのでしょうか・・・。 日本の子だったら「ネズミだー、キャー!」と言って逃げ、 頼まれていないのにわざわざ追いかけて殺したりしないのではないかと思ったのですが。。。
保育園も7月いっぱいで終了し、 時間のたっぷりある娘はこの8月、 毎朝、パパ、ウゴ、エドゥー、トポと車で郊外の大自然の中へ散歩に出かけ、 たくさんの自然のなかで多くを学んでいるようです。 「今日は蝉の抜け殻をたくさん見つけたー」と帰ってきました。 どうもパパが数えたところ、15個も見つけたらしいです。 でも彼女は今のところ、数は6進法で、 「1,2,3,4,5,6」まで。 で、3つしかなくても6まで数えたいので、同じものを繰り返し数え、 どれも必ず6個ということになります。 私なんか17年間住んでいても、この地で蝉を見たことなど1度もないのに、 すごいなあ〜と感心。
でも、気にしてみれば家の周りでも耳ざわりなくらい蝉の声がしているのでした。 蝉と言っても「ミーン、ミーン」とか「カナカナ・・・」とかでなく、 ただただひたすら息継ぎもなく「ジーーーーーーー・・・」とエンドレスの鳴き。 リズムも抑揚も呼吸もなく、ずーっと「ジーーーーー」のまま大合唱。 テレビの砂の嵐のような。。。 これは喉で鳴いてるのではない!と言うことが確実。 なにゼミなのかも不明。ツクツクボウシくらい気が利いた鳴き声ならよかったのに。。。 鳴き方がより暑苦しいです。45℃用風情の蝉です。 何十匹もいそうな鳴き声なので、どうしてもその姿を一目みてやろう!!! と思いつき、大木をなめ回すように見て探したのですが、 どうも蝉の姿が見つからず、 いや、絶対に!!!と思い、10分間くらい木を見つめて、 ようやっと1匹見つけることができました。 なんか日本で子供のころに蝉捕りしていたころを思い出すと、 蝉の姿も日本のものと少し違うような気もします。
で、よく考えてみれば大してゴキブリと変わらないようなお姿・・・。 私がスペインにて初めて見た蝉でした。 いつも気にしていなかったのですが、こんなに蝉が鳴いていたのでしょうかいつも。。。 本日蝉の大合唱時刻は15時でした。まっさかりの暑さの時間です。 でも今日は朝からちょっと天気も曇り気味で、 道端のアバニコ屋さんもいまいちの売れ行きっぽかったです。 振り替え休日で街の店たちも閉まっているので、 ゴーストタウンのようなセビージャでした。
8月15日は日本では終戦記念日。 きっとその類のニュースが新聞、テレビでたくさん取り上げられていることでしょう。。。 でも、ここ、海外にあたる所で生活してますと、 もう少し視野が広がって見えてくるものがあります。 見方を変えれば、日本が正式に降伏文書に調印した9月2日が 世界的には対日勝戦記念日となっているようです。 また8月15日を韓国では独立記念日としているようですし、 この8月15日に関しては、国によってカラーの違ってくる日です。 で、ここスペインを含むヨーロッパのカトリック国では、 8月15日は、 聖母被昇天の日(マリアさまが天国に誘導されて昇っていった日)にあたり、 祝日になっているところが多いです。 今年はこの祝日が日曜日と重なったため、 翌16日の月曜日を降り替え休日にしている土地が多いです。 というのは、 スペインの祝祭日は、全国単位なものが9日分あり、 州での祝祭日は2日間分、そして市町村単位での祝祭日が3日分あります。 なので、どこに住んでいてもスペイン国民平等に365日のうちの14日間、 日曜日以外の休みが存在するようなシステムになってます。
で、今年は8月16日をアンダルシア州では休み扱いに設定してあります。 カトリックの宗教的行事が盛んで、街中がそれに全エネルギーを集中しているので、 朝早くから大聖堂の周りをセビージャの街代表マリア像が一周歩いたり、 ニュースはそちらに向けられるので、 日本の終戦記念日も目立たなくなってますが、 いつでも被爆者を思うと心痛む話です。 スペインでも戦争のシュプレヒコールとして、ピカソの絵「ゲルニカ」が存在しています。 スペイン内戦中の1937年4月26日の話です。 バスク地方の街ゲルニカがフランコの依頼によりナチスのドイツ空軍に空爆され、 史上初の無差別大量殺人に対し激しい怒りを覚えたピカソが大作を完成させました。 広島、長崎とは規模が違いすぎますが、 いつの日か、このゲルニカの絵が、広島と長崎で公開されるようなことが実現しても いいような気がします。 どうやって2次元の世界で描いた絵が3Dになるのか、 技術的なことは私はまったくわかりませんが、 現代の技術はすごいです。ゲルニカの絵が浮き出てくる動画を発見しました。 希望再生の花が一輪、最後にアップされるのがたまらなく悲しいです。 http://www.youtube.com/watch?v=xQ_uGbQanNw&NR=1
将来的にYOUTUBEで聖徳太子とか小野妹子あたりの動画が出てきたりして〜。 ということで、8月15日、被爆者の邦人たちに追悼し、 8月15日にまつわる話で書いてみました。 ちなみに同日はナポレオン1世の誕生日でもあります。 ナポレオンは、もし生きていたら241歳を迎えたのでした。 写真は、滝に打たれる修行僧のごとく、太陽の下、シャンプーしてるウゴです。 写真写りが辛そうに見えますが、これで気持ち良がってるんです。 シャンプーの後は、シエスタ。 目がうつろになっていって、心地よい睡眠に陥りました。
腕時計の文字盤の数字が外れ落ちてしまい、 ガラスの下で数字が遊んでしまっていて、修理に出すことにしました。 オーダーの伝票を記入しているオネエチャンの字の書き方に注目!!! 90度、紙と文字が方向を変えてるんです。 つまり、 紙を90度の角度で横向きに置き、 字を下から上に書いていくようなスタイルになるのですが、 その字も横文字。 全部記入し終わって、90度もとに戻すと普通の字のできあがり。 最近の若い子たちや、学生たちに多く見るというか、 ほとんどの若い人がそんな感じで、 たいていは斜めに紙を置き、斜めに字を書きます。 45度、と言うのが多いですが、 この彼女のように90度回転させてしまう人も少なくありません。 「どうして?」 「なんで?みんなそうなの?」 としつこく聞く私に彼女も困惑気味で、 「昔から、いつもこう。。。」 と当たり前になってしまっている彼女には説明もありません。 「左から右に横に書くと、幅とって邪魔じゃない?」 なんて思いついたように言い出してきました。 その昔、学生たちに混じっていた時代に、 皆そんな感じで書くので、上手に訓練されてるなあ・・・と感心したものです。 これは長持間机に向かい、多くの文字をひたすら書いてきた学生に見られる傾向です。 ラインの一切ない真っ白な紙にも、乱れることなくみごとにまっすぐに書いて見せます。 文字を横に書くのって習慣で可能なのだそうで、 逆に、まっすぐ向いてまっすぐ左から右には書くことできない!と言ってました。 「本読むときは?どういう向き?」と聞くと、 それは普通にまっすぐで、文字も左から右に読むのだそうです。 文字を下から上に書く場合、自動的に、一文字一文字、下から上にペンを進め、 右に行をずらしていくことになり、 これは日本の上から下、右から左、の正反対にあたります。 書きづらい不自然なのでは?と私は思いますが。。。 こうやって長い学生時代に培ってきた学生たちのオリジナル性なのでしょう。。。。
スペインの学校って、子供たち、一切掃除しないらしいです。 うちの隣のおじさんが、もう定年退職したのですが、もと学校の先生で、 道にゴミを捨てている子供たちの話になり、 「日本で私が子供のころは、一日の終わり、下校前に掃除の時間があって、 自分たちで汚したものは自分たちで掃除したけど・・・・。 トイレ掃除だって、下級生には難しいから、上級生が担当したり、 廊下とか、保健室とかもすべて自分たちで掃除したけど・・・・」 と話すと、 「そんなことさせたら、たぶん親たちがすぐ飛んできて、子供は勉強させるために 学校に通わせていて、掃除させるためじゃない!って騒ぎになると思うよ。」と。 日本の学校では、科目のお勉強以外に、団体の中から学ぶことが多く、 実際にそういう意識が親たちにもあると思うんですけど・・・。 まこちらの掃除の仕方は、ほうきで掃いたあとにモップがけと言うスタイルで、 日本の上履きシステムではないし、土足生活なので、 雑巾がけもないし、掃除の仕方が違うからかな、という気がします。
娘が私の掃除を手伝ってくれたがるので、 娘用の掃除セットを買いました。 私が終えても一人で掃除し続けるほど、掃除がお好きなようで。。。。 大人用の掃除セットの隣に並べて写真とってみました。
「リチャード・クレイダーマンが嫌いー!」と豪語した矢先、 ネットでこんなのを見つけ、反省。 何を弾くかではなくて、誰が弾くか、誰が演技するか、であり、 リチャード・クレイダーマンの曲に世界中が感動を受け涙したケースもあるのでした。 中国人の青年は、10歳の時に遊んでいて高圧線に触れてしまい、 両手を切断。 その後、足でピアノを弾くと言う技術!以上の精神力に世界を感動させているようです。 昔、日本で生まれつき両手両足のない乙武くんが話題になっていた時代がありましたが、 彼の場合は人生最初からそういう状況ですが、 10歳にして突然両手を奪われる、と言うのは、精神的にさらに厳しいものかと思います。 青年のピアノはすばらしい。ひとつひとつの音に存在感がある。。。 で、リチャード・クレイダーマンの曲というのが、またニクイです。 http://www.youtube.com/watch?v=Rfc68gy_HIg
そこで思い出しました。 昔、フラメンコ界に「ENRIQUE EL COJO」エンリケ・エル・コホという巨匠が存在していたことを。 アーチスト名に「コホ」(足がビッコであること)と付けてしまっているところがすごくスペインです。 単なる身体的な特色に過ぎない言葉として、 その類の単語を人々はその人を表現するのに使います。 びっこ、と言う言葉は、「めがねをかけている」とか、「金髪の」などと同じで、 差別的な意識が含まれていません。なので自由に使います。 アーチスト名がそうなっているのも自然体です。 このエンリケ・エル・コホは、はっきり言って、 チビ、デブ、ハゲ、そこにビッコときて、典型的なおじさん以外の何者でもないという、 日本語で使用を控えるべく存在している単語をすべて叶えているような満点状態で、 それで、最高のフラメンコの踊り手であり、皆から崇拝され、憧れを持たれ、 こんなのって、やっぱりフラメンコは特別な世界で、すばらしいんだ!!!!と思います。 どんな踊りの世界にも見ない特別なものを感じます。 足が不自由なのに、なぜにフラメンコを踊るのか。 残念ながら、今となっては直接本人に尋ねることはできませんが、 現在は昔の踊りも検索で見られるようになりました。 この映像も1982年のビエナル・フラメンコで、 しかも後ろでバタ・デ・コーラの女性は、あの、マティルデ・コラル大先生! エンリケ・エル・コホと共に過ごした大御所日本人のバイラオーラも複数存在するはずです。 そういう人を探して、尋ねてみてください。 ちなみにそのころ、まだ私はお子さまでしたので。。。(今計算機で計算してしまいました) この映像を見て、皆で少し考えましょう。フラメンコとはなんぞや、と。 機関銃のように足技の修行を積むことではなさそうだ、 と言うことは、まず感じられることと思います。 深く重い世界ですね、フラメンコって。。。 http://www.youtube.com/watch?v=YnZEJ0hTAck&feature=related
私にもよくわかりません。。。 左足の外反母趾が痛いので、踊るのはもうやめた!という自分が情けないです。 別に容姿端麗でもないし、ひとさまの前で踊るような気がまったくなく、 野心もなく、どうしても踊りたい!というわけでもない、、、、 ということで踊ることをやめたのですが、 踊るとか踊らないとかに限らず、フラメンコは魅惑な世界です。
「カンタフエゴ」を追っかけて今日も出かけてきました。 本日はセビージャにより近い、カディスのお隣のプエルト・デ・サンタマリア。 先日闘牛で行って来たばかりですが、本日もまた同じその闘牛場にて。 闘牛場内は、サッカー場などと違い、 広告文字を入れない会場なので、美しく気持ちいいです。 今まで数回続いて行ってきたこのコンサート、 次に何が歌われ、何が出てくるかもわかってしまっていて、 コンサートの途中で出てくるリスがお気に入りの我が娘は、 始まりと同時にリスを声上げて呼んでます。
今までの中で今回が一番観客数も多く、ノリがよかったです。 よく考えると、ここはセビージャ人の別荘があったり、 セビージャから避暑に来ている人が多いので、 実際は会場内はセビージャ人たちだったのではないか、 と、あのノリを振りかえって思うとそう気づきました。
というのは、まずコンサートの最初は、とりあえずおとなしかったのです。 ステージの目の前の空間、劇場で言うところのオーケストラピットみたいな、 ステージと客席の間の空間は、 最初は数名の子供が来て踊っているくらいでした。 それが時間とともにどんどん増えていき、 気づくと子供たちがステージの目の前にたくさん集まってきてました。 そのうちに子供の保護者、大人も付き添うように子供の脇でしゃがんで、 一緒にいたのが、 気づくと大人も立ち上がって、子供よりも激しく踊ってました。 完全にみんな席を立って、好き勝手に踊って楽しんで、 踊りまくり!の世界でした。 この挙動から観客はセビージャ人がほとんど!とほぼ確信できます。 ふつう、「さあ!みんな〜!立って〜!踊りましょ〜!」とかステージで誘ったり、 誘導したりしないと盛り上がれなかったりするはずですが、 この人たちにそんなのは必要ありません。勝手に盛り上がります。 勝手に踊るスペースを探して踊り始めます。周りの目などまったく気にしません。
私は仕事柄、フラメンコと一切関係ない日本人たちを、 現地で躍らせたりしなければならない役目にイベントであたったりして、 日本人の一般人をスペイン人に交えて躍らせるのは難しそうですが、 過去の実績から行きますと、100%成功してます。 というのは、秘訣がありまして、 ルンバを盆踊りで躍らせるんです。炭坑節。 リッキーマルティンを炭鉱節でおじさん&おばさんを躍らせることができます。 「掘って〜、掘って〜、また掘って〜・・・」と踊ると、ルンバが踊れてるんです。 日本人も盛り上がるときにはホントはみんな踊りたいんですよね。 踊り方を知らないから出づらい。で、踊りが決まっていると踊りやすいようです。 で、一人じゃなくて複数でやるには怖くないようです。 やっぱ、日本人っすから盆踊りはなぜだか皆踊ることができるみたいです。 まあ、フラメンコ教室に通っている人は、炭坑節で踊るのは禁止でしょうけれど。 きっと貴方の先生が泣きます。。。
日本でもオヤジギャグって言葉が存在しているくらい、 オヤジたちはなぜだか言葉遊びがお好き。なぜだ?寂しいのか。。。 世界共通なのか、はたまた日本とスペインだけなのか。 セビージャでアルカサール(王宮)を案内すれば日本人のおじさんが 「アルカサールで歩かされ〜る」とつぶやく。 コスタ・デル・ソルにいれば、観光バスのドアをなでながら 「こすったデル・ソル」と言う。 マテオ(スペイン人男性)に「マテオ、待ってお〜!」と呼び止めたり。。。 報告し出したらきりありません。 おばさんねえさん層の私としては、非常にこういうときの反応に困ります。
友人ならハリセンのごとく、バシッ!と殴りますが、 知り合いじゃなくて、お客さんだったりすると「聞こえません」状態。 で、スペイン人のおっさんも然り。 「どこに住んでるの?」という話になり、 「4つのオッパイ!」と言えば、郊外のドス・エルマーナス(直訳すると二姉妹)。 これは初級レベル。 「俺がどこに住んでるかって?」 「毎日使うところさ。必要だよ、これは。」とか意味不明っぽい答えで返ってきます。 これも簡単。 カマス。直訳して、ベッド。 こんな会話で成立していると、 「私、スペイン語がよくわからないから・・・」と悲観しているフラメンコ留学生女性たちを 「それは便利でいいかも!」と本当に思ったりします。「そのほうがいいよ・・・」 と言う私に、たぶん???でしょう。。。
今日はカマスの村に夕日が沈んでいくところを見ました。 太陽なのか月なのか、一瞬わからないようなお姿でした。 「お月様」は今日の段階でも我が娘に「おしさかま」と呼ばれてます。 三日月の絵は「バナナ」と言ってます。三日月と「おしさかま」が同に物であるということに まだ気づいていません。そして天体望遠鏡を使って見た月の様子などを インターネットで見せても「お目目はどこ?お口はどこ?」と探します。 太陽や月の絵、絵本もイラストも、すべてに目や口がついているのも問題です。。。 そして、娘の気になるオッサン、 大聖堂前の大通りにいつもいる「はっぱおとこ」(←娘がそう呼んでる)、 この激暑のなか、今日もいました。 こんな無口で地道なオッサンもいます。
スペインに住んでいて、周りに教会や修道院がたくさんあったりしても、 実際の生活の中で、宗教を感じたりすることってほとんどありませんが、 一応、ここスペインは1975年のフランコ政権が終わるまでスペイン人は自動的に 全員カトリックだったので、今でも昔から続いてカトリックの人たちがほとんどです。
私が子供の頃(日本)は小学校の授業に「道徳」というのがありました。 この国の子供の学校では「宗教」という科目があり、それに代わるもののようです。 宗教が道徳を教えます。 日本人はヨーロッパのような特定の宗教がないのに、 どうして道徳意識が高く、何が宗教の代わりに教えるのか?と聞かれることもしばしば。
たまに、生活の中、会話の中で、この国に根付いている宗教を感じることができます。 今日もスペイン人との会話にそれを見ました。
今日はものすごく暑い日でした。 風が一切なかったからか、暑い!と皆が口にするぐったりくる暑さ。 スペイン人同士の会話で、 「暑いねー。」 「今日は聖ロレンソの日だからー」と言う一人に、 「あっ、そうだったか。だからだー」と。 毎日が誰かの聖人の日で、聖人が合計何人存在しているのか 把握していませんが、365人以上は確実にいます。 で、今日8月10日は聖ロレンソの日だったのです。 聖ロレンソとは、ローマで活躍した助祭で、 西暦258年にローマ皇帝バレリヌスによる迫害による火あぶりで殉教したスペイン人。 日本では聖ラウレンチオの名で呼ばれていると思います ここスペインでは100%、サン・ロレンソ、で呼ばれてます。
この聖ロレンソの日にあたる8月10日は、火あぶりで殺されたことにプラスして、 1年で1番暑くなる日の代名詞として使われます。 各聖人にまつわる話が必ず存在しているので、 それらが生活の中に浸透していて、なかなか興味深いことが多いです。
それにしても今日は暑かったです。 気温計は44℃と、いつもと大して変わらなく、同じか、って感じですが、 体感で超暑かった日です。 ショッピング通りはゴーストタウン化していて、 お盆の時期とあって、観光地は日本人ツアーがあふれるようにいて、 「なぜにこんな暑いスペインにわざわざ来るんだ〜???」と 不思議に思いました。涼しい国に行かないのは、なぜ? 地元の動物たちも、「どうにかしてくれる〜?この暑さ・・・」 と言いに来たかのように、近づいてきたのでした。
9月で3歳になる娘、9月10日から新しく学校が始まります。 制服はデパートの子供服売り場で学校名を言うと、 セットで出してきてくれて、 意外とお高いので驚きました。まあ当たり前の額ですが。 で、びっくりの教科書。 3歳用の教科書なんて、お遊び道具、ってことでしょうけれど、 きちんと学校指定の教材を、これまたデパートで購入するのですが、 「売り切れです。」と一言。 「じゃ、取り寄せでお願いします。」と言うと、 「できません。」と。 「は〜っ?できないんですか〜?学校の教科書ですよ〜?」と言っても、 「取り寄せの受付は7月末まででした。 他の店をあたってみてください。」と。 ここで売り切れなら、きっと他のデパートやスーパーだって同じなはず。 在庫がある店を求めて全国聞いて歩けって? 唖然。 で、悔しいことにそうするしかないようです。 「どこかで取り寄せを受け付けてくれる店を探してください。」だと。
3歳の学校とは、日本の幼稚園にあたるものが、 学校の幼児部としてくっついてるんです。 こちらには、幼稚園バックとかランドセルとかなく、 好き勝手にカートの付いたリュックをカラカラ引っ張って登校します。 スチュワーデススタイルです。 2歳の段階で保育園に通っていた娘も、自分で小さなミニーちゃんのカートを 引っ張って通ってました。 周りがみなカートで通園するので、最初はうちの子はキティちゃんリュックだったのですが、 ある日、店で、このミニーちゃんのカートを見つけ、 自分で「これ買う!持つ!」と本人が選んだものです。 3歳になって、新しく始まる学校用に、 もう少しお姉さんになった新しくもう一まわり大きなカートを購入せねば。
ようやくわが娘、最近断乳できました。 えーっ?まだー?と皆に驚かれていましたが、 ここ最近までオッパイ飲んでました。来月3歳になります。 毎日のように言い聞かせてはいたものの、全然無視されていて、 やめることができなかったのですが、 先週、ある日、いっしょに夜お風呂に入っていたら、 泡だらけのオッパイに食らい付いてきて、 石鹸で苦かったらしく、口をゆすぎだしました。 「もう赤ちゃんじゃないんだから、オッパイもおしまいだよ!って苦くなっちゃったよ!」 と言ったときが最後。 嗚咽で、大泣きしました。おっぱいに顔をうずめて、まるで親しい誰か亡くしたかのような 悲痛のような嗚咽で、それはそれは映画のワンシーンのような。 で、その後、「オッパイ苦いから飲まない!」と、 二度と飲まない人になりました。意外とあっさりで驚きましたが。 それからの変貌がすごいです。 夜も一人で寝ます。一応添い寝しますが、 「ママ、向こう行って!」と部屋から追い出されたり、 「早くお仕事行って!バイバイ!」と言われたり。 服を着ないで外に出てはいけない、と教えてあるので、 外で上半身裸の男性がうろうろしているのを見て、 うちの娘に道端のオジサン、オニイサン、怒られてます。 「裸だめよっ!洋服着てっ!」と。 店頭の裸のマネキンも「裸、だめっ!」と。 気質は風紀委員かも。その辺に落ちているゴミも拾います。
へレスの先、カディスの手前に出てくる海の町、 エル・プエルト・デ・サンタマリア。 今日はこの町で闘牛があり、夫が見に行くのに、 私と娘はなぜだかいつもまんまとひっかかり、 一緒に行くように仕向けられ?本日もまたお出かけ。 私と娘は海沿いの遊び場で楽しく過ごし、闘牛場には入りません。 日が落ちるのが遅いので、この時期の闘牛開始時刻も遅く19時半。 まず当日券を購入するので開始の2時間前くらいに闘牛場に行ってみると、 まだ誰も客は着ていない様子。 スペイン人たちは時間ギリギリまでやってこないので。 チケットを購入し、まだ時間もあるので海沿いでコーヒーでも飲むか、 と、車を走らせていると、 海の近くを闘牛士がジョギングしてました。 今日出場する闘牛士のうちのひとり、エル・フリが、 白いポロシャツに紺色の短パンで走ってました。 時計を見ると18時。
ウォーミングアップして、シャワーして、衣装に着替えるのでしょうか? 19時頃に闘牛場に再び車で戻り、夫を降ろしたあと、 闘牛場に沿って一周車で回りました。 こんなことができるのは村の闘牛場のみです。 普通闘牛場の入り口目の前まで車で乗り込めないので。 闘牛士が入場(出勤)してくるところをひと目見ようと集まってきている群衆の前も 車で通れてしまいました。 この近くに車を停めておこうかと闘牛場前を旋回していると、 とうとう渋滞にはまり、まったく動かなくなってしまいました。19時20分。 闘牛開始直前なので、いろいろな人が前を通り過ぎ、 渋滞にはまりながらもマンウオッチングできて楽しかったです。 闘牛にはアルティスタが好んで集まるので、 意外とぼろぼろと有名人が目の前を通ります。
日本に一番回数多く行ったカンタオールじゃないか?と言われている ランカピーノが目の前を通ったときにはカメラを出してみました。 彼も日本人に知られているという自覚があるようで、 カメラを向けた私に、まるで過去の知り合いかのようなリアクション。 たぶん多くの日本人に出会ってきていて、誰が誰だか覚えていないので、 誰だったか忘れてしまった知り合い、と思われたかのような反応でした。 私は車の中から。
闘牛と言えば、葉巻。 闘牛場の香りと言えば、この葉巻の独特な香りです。 タバコのにおいが嫌いでも、この葉巻の香りは好きという人をよく聞きます。 そして手にはグラナ・イ・オーロ色の縞々座布団。 座布団を持参してくるという習慣。しかも必ずほど100%それは伝統の縞々です。 闘牛になら、コルドバ帽をかぶってきていても違和感ありません。 みなこだわりを持つ、こてこてのスペインが残る古きよき世界です。
娘が夕方早くから、疲れ果てて夜の眠りに入ったので、 今こそ!とベビーカーで寝かせて、 市内の日本食レストランに寿司を食べに出かけました。 夜12時閉店の店に、 閉店15分前に格好がキョーレツなオニイチャン&オネエチャンたちが入ってきて、 「まもなく閉店なので」と店の人に言われていて、 寿司をテイクアウトすることにしたらしく、メニューを見ながら選んでました。 女の子の黒いブーツから顔を出すふくらはぎ上にイレズミされた、 天使の振りしたコウモリの羽をつけたガイコツを見ながら、 すごいなあ・・・と圧倒されていたところ、 金髪を超えたパール色髪のニイチャンが、 こっちを見て「おっ!」と言いました。 こちらも「おっ!」と。 知り合いだったのです。 これまたホルへくんじゃないですか! まだお子様のはず。たぶん現在16歳かそこらのはず。 彼の父は、おもいっきりクラシックな世界のかた。 闘牛士衣装の仕立て屋として有名な人。 「息子が日本好きで大変なことになってる、今度うちの息子と会ってやってくれ」 と数年前に言われ、夫と二人でこのボクちゃんにご対面したときには、 黒髪の長髪でした。 大の日本好きと聞いていたので、 闘牛士の衣装「トラヘ・デ・ルセス」の仕立て屋の息子だし、 渋く、葛飾北斎とか浮世絵とか歌舞伎とか、 そういう世界を想像していたら、な、なんと、 漫画好きのコスプレ、オタクの言葉を知っている現代っ子で、まさにその言葉のまま。 しかも少女漫画の主人公が飛び出してきたようなルックス。 よく見ると乙女にも見える美少年。 セビージャ郊外の町で行われた漫画フェスティバルの時には、 音頭とってイベントを運営していて、 「ぜひ、遊びにおいでよ。日本食もおいてあるし。」 と誘われていたのですが、私たちは用事があって行けませんでした。 で、彼らの言う日本食とは、カップラーメン!!!! 日本と言うカラーは、現在では2つの顔があるようです。
彼らは、本日はロンドン帰りだったらしく、 ロンドンに行ったのは、日本人グループ、グレイのコンサートを見に行ってきた!のだそう。 私はグレイを知らなかったのですが、夫はなぜだか知ってました。 GLAYを帰宅してから検索してみましたが、私にはついていけない世界かも。 でもロンドンで日本人グループがコンサートをやってしまうと言うことは、 世界的にヒットしている?のか、「ニッポンオタク」みたいな人たちが 世界中に多くいるのか、よくわかりませんが、 とりあえずロンドンで公演した日本人グループ「GLAY」のコンサートを見に、 セビージャから飛行機でロンドンまで行ってきた人たちが、 少なくとも私の目の前に4名立っていたのです。 なんじゃ、このGLAYって・・・と思い、ちょっと検索していると、 「紅と黒のMATADORA」というタイトルの歌が出てきました。 なんだか、、、
フラメンコを意識した歌のようで、出だしもそんなかんじ。 ビデオクリップに出てくる踊り子は、フラメンコ踊ってても、 衣装はちょっとどこから調達したねん???!!ってかんじ。 しかもなに人?この女性?金髪だし。 歌詞を追うと、 汗、黒い瞳、ときたので、このあたりは間違っていないかも。 でも次、白い首筋、ときたのでした。 それだとフラメンコと言うよりは、バレリーナの白鳥の湖っぽくない? なんかなあ、否定はしませんが、肯定もしません。 少なくとも「マタドール」という言葉を知っていたようで、 スペインの国営宿泊施設の「パラドール」とかと間違えていなくてよかったです。 どこがどのようにウケているのだか知りませんが、 世界でヒットしてるんだから、それなりの何かがあるのでしょうけれど。 音楽的にも私には、その良さがわかりませんでした。 このホルへくんたちに、 「この写真、インターネットに出してもいいね?」と聞くと、 「日本?じゃあ日本人たちに訴えておいて! X-JAPANをスペインに送るように!」 だそうです。 「YOSHIKIがヨーロッパに来ない〜」だそうで。 私は全然知りません。あしからず。
昨日のサライ&ローレをモデルに新作衣装を撮影した際、 その日にサライに渡すものがあったのに私が忘れてきたので、 「明日タブラオに持っていくよー」と言ったところ、 「明日ラブラオにいない。21時から民族博物館内で踊るから」と言われ、 「じゃあ、それ見に行く。そのとき持ってく。」ということで、 出かけることに。 誰が主催の何のイベントなのかも知らず。 サライに聞いてもサライはそういうのをまるで把握していなく、 パパがマネージャー状態で、「パパに聞いて」とか言うので。 民族博物館は、白い鳩で有名なアメリカ広場に面していて、 考古学博物館の向かいです。 ものを渡すことが目的でも、やっぱり踊りを見たいので、 なるべく早めに着きたかったのですが、仕事が長引いてしまって、 結局ギリギリ時刻。 で、娘を連れて行かなければならなくなったので、もう遅刻間違いなしの時間。 私も着の身着のまま、娘も室内着アディダスの短パンのまま「行くぞ〜!」と、 車を走らせ、到着したのがやっぱり30分ほど遅刻。 で、入り口が閉まってました。 仕方ない、白い鳩と遊んで帰るか・・・・と思っていると、 扉が開き、途中で出てこようとした人が扉を開けたので、 「ちょっと待って〜」と進入。 「チケット持ってますか?」と聞かれ、 「サライに渡し物があって来たんですけど〜」と言う私が一緒に娘を連れているので、 単なる観客と思わなかったらしく、どうぞ・・・と通してくれました。
立ち見でサライの母、おばあちゃん、ローレ、スーシー、フアニージョ、 みんなそろってました。 そして、いちばん年少にあたるうちの娘、 高台のステージで踊るサライを見つけ、 観客席をすり抜けてステージの真下に走りより、 端で私が「こっちに来い!」と手招きするのを見ては「ノー!」と言い切り、 さらにステージの後ろに回りこんでしまいました。ステージの真後ろに逃げ込み状態。 身長よりもステージのほうがが高いので、 まずステージに上ることも出きないし、 私が追っかけまわしたら、余計観客に迷惑になるし、 放っておいたら、ほぼ1曲、ステージの真後ろから顔を出す形で、 ずっとサライの踊りを見ていたのでした。人形を抱えながら。 踊りが終盤になり、サライがステージの前方の縁のほうで踊りだすと、 ステージの後ろから正面に娘が回りこみました。 観客席の最前でかぶり付きで見ている状態。 ああ、困った・・・。母の私は大汗。。。。 曲が終わり、一段落すると、周りの人から私は責められるのではなく、 わざわざ私のところまで席を立って来た人もいて、 「あんたの娘は必ずバイラオーラになる!」と断言しに来たフラメンコペーニャの 会長さん?だか、よく見かける人もいました。 知らない人が見たら、幼くしてすごくフラメンコが好きな子に見えますが、 実は踊りならジャンルを問わないことを人々は知りません。 大道芸でもオッケー。
もうサライの踊りを見るのはあきらめ、会場の端っこで遊ぶ子供たちと合流。 寝転がったり、フラメンコの脇で、こんなのもありなのです。 サライの一番下の弟フアニージョは 最後のフィン・デ・フィエスタにカホンで参加するために準備して来たらしく、 脇で待機しているのに、順番を待てず、もうステージに立つ!と、 こちらもぐずって泣いていて、どこも子連れは大変。 日本なら連れてこないのでしょうけれど、ここはセビージャです。
最後、ローレもフアニージョもステージに立ち、フィン・デ・フィエスタが始まると、 うちの娘、また騒ぎはじめ、 「一緒にサライと踊る〜。あっちで上って踊る〜。」とぎゃーぎゃー始まり、 まさかステージで一緒に踊りたい!と騒ぎ出すとは想像していなかったので、 たじたじ。。。 普通、子供って、ステージで躍らせたくても「いやだ!」と拒否したり、 ステージに立たせるのが大変なものかと思っていたら・・・、正反対。 で、フラメンコ踊れるのかと言えば、 とんでもございません。まるで。 大好きなようなので、また見せてあげたい、というのと、 もう二度と連れて行きたくない!というのが私の中で葛藤してます。
8月は丸々1ヶ月間夏休みという店や工場は多いです。 ソニアジョーンズのセビージャ工房も8月は閉まります。 7月中に製作した新作衣装の撮影が本日行われました。 サライのお父ちゃんがぎっくり腰になり代わりにサライがクラスをやったり、 なかなか撮影用の時間ができずに、本日やっと時間ができたのでした。 ローレもテレビ番組の収録後1週間、海に住む知り合いの家に滞在していたので、 一段と色黒。モレーナを通り越して黒人レベルのような。
8月のセビージャ、フラメンコ衣装を着ての撮影はツライです。 しかも明かりを求めて太陽の下に立つので。 「冬はへっちゃらなのに・・・」と言いながらサライ、 急がば回れと言いますが、それは状況によりけりのようです。 暑いときには遠回りせずに、より最短コースで歩く。 目の前の入り口の先はクーラーの効いた涼しい世界。 目の前に水の池があれば、水を囲うように回り込んで歩くのではなく、 靴を脱ぎ、手に持ち、クーラー求めて最短直線コースでまっすぐ歩く。 水から上がれば足を乾かすでもなく、その場で靴を履き歩き始める。 確かに早い。 この数分の違いは何なのだろう???
さて、ローレの撮影の番。 「私も入ってみようかなあ?」とローレも靴を脱いで池に入ってみたのでした。 ちなみに入るためのところではありません。飾り用です。 すると気づけば待機中のサライがローレの隣に。 また水の中。 ローレは水から出て、足が乾いていないので、靴を持って歩き出したところ、 床がフライパンのような熱さに熱されていたようで、 飛んで走って去って行きました。 夏の撮影は、アバニコ持って撮ったほうがいい!とサライが提案。 次回そ-しましょか?9月。
こんにちは、みなさん。 本日はちょっと業務連絡コーナーとして使わせていただいていいでしょうか。 日本でシルバーウイークとか言われるらしい秋、来月、 日本からフラメンコ好き人間が集まり、セビージャで3日間滞在し、 アンダルシアの他の町をも含め、日本からのツアーが出ます。 私がガイドで担当するのですが、 最近は子供がいるので、旅の仕事はやめていたところ、 友人たちからのどうしても!にこたえ、今回出ていきます。 たぶんその後はまたしばらく出るつもりはありません。 飛行機がその時期は満席でチケットを取りづらいところ、 個人的に皆さんに紹介して差し上げたい某大手の(金銭的にも)良心的な会社H社さんの スペインエキスパートKさんが、チケットを抑えてくださったにもかかわらず、 ツアーメンバー内に家族や仕事の関係で、キャンセルせざるを得なくなった人たちが 複数出ました。 今まで私のほうからどなたにも声をかけたことないのですが、 今回は、皆と相談した結果、新たな行動に出てみることにしました。 アンダルシアを旅行してみたいけれど、セビージャに来てみたいけれど、 なかなか行けない・・・と言う方で、 金銭的&日程的に都合のつくかたで、 参加してみたいかたを数名募ってみたいかと思います。 来たいのに来れずに今までチャンスを待っていたフラメンコ好きなあなたを お誘いしてさしあげたい〜と。 日本出発成田 9月17日〜成田着9月25日昼です。 タブラオにも行きます。 ビエナルの時期なのでビエナル体験も。 私の親友(世代はアラフォー)とその娘以外はほぼ皆年上で、 (若手も1名います) 最長は80歳を超えるご夫婦も参加してます。(リピーター) 詳しくは個人的にメールで話したいところですが、 ここに私のメールアドレスを書くのも困るので、 tour@soniajohnes.com 経由で私に転送してもらうようにします。 航空会社のほうから急がされているため、数日間のみ、 公募します。(たぶん週明けまで) できたらお友達同士かご夫婦でペアのほうが、ホテルの部屋を使う関係で 好ましいです。 あと、メンバーはよりどりみどりの多国籍軍なので、 フレンドリーにどなたでもオッケーなのですが、 皆、気のいい明るい人たちなので、怖くない人、意地悪じゃない人、を求めます。 メンバーは、美味しいものを食べよう!楽しく過ごそう!の人たちです。 たぶん、うちの娘も合流したり、皆アットホームなメンバーなので。 詳しくは、個人的に。
タイトルに、「フアン・カルロス王がサパテロ(首相)を殺した夜」となっていたので、 なぬ? と思うことなく、笑いました。 カタルーニャ州が闘牛禁止決定を出すまで、首相が一切何も動かなかったので、 かなり首相が世間から攻められてる今日この頃。 サパテロ首相をチクチクとつつく傾向にあります。 現在のスペイン国王と同じ名フアン・カルロスという闘牛士の苗字が「Rey」で、 王様を表し、 名前にするとフアン・カルロス王という名前になってしまうのですが、 これは闘牛士の名前。 微妙にも、国王の場合はRey Juna Carlos という並び(頭にRey)になるでしょうし、 で、すごいいいポイントなのが、 その闘牛士が担当した牛の名が「サパテロ」という名でスペインの首相と同じ。 サパテロとは、靴屋さんのことを言いますし、昆虫のアメンボウのことも言います。 事実上、王が首相を仕留めたことになりました。 闘牛は最後に仕留められる(殺される)ので、 人間の名前をつけてはいけないのだそうです。 なのであだ名っぽい名がつきます。 足元だけ色が違ったら「靴下」とか、 まだら模様だったら「みずたま」とか。 サパテロってアメンボウのことを言うはずですが、 セビージャの人たちはトンボのことをサパテロと言ってます。 湿気もなく、水分のない土地で、虫に乏しいので、間違ってるのでしょうか? それとも土地での特別な呼びかたなのでしょうか?不明です。
あ、ちなみに、闘牛は最初にくじ引きで、どの闘牛士がどの牛にあたるかを 決めるので、国王名と首相名が重なったのは偶然のはずです。 偶然とは思えないことがたくさん起こりうるのがココ、スペインです。 気づくと本日も闘牛ネタになってしまったので、 ちょっと先日撮ってあった写真を引っ張り出してきて、 4コマ漫画ごとく5コマ漫画にしてみます。 というか、たまたまシャッターを5回切ったらこうなりました。 オーバージェスチャーな家族なので、 写真だけ見たら暴力を使った戦いっぽいですが、 ただの会話です。ほんと。
カタルーニャ州議会が闘牛を禁止する決定をし、 2012年1月から禁止が実行されることになって、 最初の闘牛が、この日曜日にありました。 (カタルーニャ州の闘牛場は現在ではバルセロナに1箇所のみ) 牛もすごい!涙がでてきちゃう。。。。 インドゥルトをやって見せたのです。 インドゥルトって、いい牛は殺さずに、殺したふりをして、 牛の背中をポンとたたいて終わらせ、 あとは獣医の手当てを受け、 牧場に帰り、牧場でメス牛の中でハーレム状態となるのですが、 ちょっと口わるいけど、やりまくる、ってやつです。 闘牛はメスを知らない童貞の状態で出てきて、 通常は殺されてしまうのですが、 最高にすばらしい牛だと種牛にするために殺しません。 みんな今回で騒ぎすぎていて、 インドゥルトのことなんかそっちのけで、かわいそうかわいそう言ってるから、 牛自身が、体を張って見せつけたよう。 そして、僕たちを助けてー!ってメッセージにも思えました。 僕たちも一生懸命優秀にかんばるからさー、と。
そして、各界のトップ人たちも黙っていません。 それぞれが自分のできる範囲で意思表示をはじめてます。 癌を手術したオペラのプラシド・ドミンゴは、 手術後初の舞台にあたる今回の王立劇場の公演終了後、 観客から28分間もの大喝采の拍手を受け、 観客の前で技術と芸術性の高い TOREO DE SALON をやってみせました。 TOREO DE SALON とは、闘牛士の素振りとでもいいましょうか、 日本で言うところの、駅などでゴルフの素振りの格好をしているおじさんの 闘牛バージョンみたいなものです。 プラシド・ドミンゴは自分の衣装のビロードの赤いケープを脱ぎ、それをやりました。 その後のインタビューで、 「今こそ自分がそれをやるべきだと思った」と語ってます。 それはともかく、28分間も大拍手は続き、そういう状態が存在できると言うのは、 やっぱりスペイン!でしょうか。 日本ではとても考えられないでしょうし、ありえないでしょうね。
ちょうどいいタイミングというのがあるもので、 スペインとフラメンコを愛している日本の大切な友人から、 「いかにもスペインくさい素敵なピアスを買って送ってほしい。」と言われていて、 私の中で、スペインアクセサリーと言えばこれ!ってのが 頭の中にあっても、それが盛んに売られているのがコルドバなので、 コルドバに行くついでができるのを待っていたのですが、 バエサの帰り道にコルドバに立ち寄ることができたのでした。 コルドバと言えば銀と革で有名で、 日本で昔「コードバン」の革なんて言った(私のランドセルもそうだったような) その名は、コルドバから来ていると聞いてます。。。 で、銀のほうと言えば、 コルドバに安っぽい(実際に安い)すぐに真っ黒になり、全然いいと思えない銀細工もありますが、 実はコルドバで有名な銀製品でカッコいいタイプのがあり、 それが有名なはずなのに、土産屋では変な銀を売ってるので、日本人も全然喜びません。
が、コルドバの特色でもある銀は、写真みたいな感じの、 両面性というか立体感のある、そして浮き彫り風というか、 説明が下手ですが写真みたいなこんな感じのものが知る人ぞ知るもの。 そして、私がスペインと言えばこれ!と思うのが、 一見アンティークな銀製品に見えるのですが、 実は、日本で言うところのマーカサイト。マルガジットとも言うようです。 地元ではマルケシータと呼ばれてます。別名マルカシータのようですが。 このマーカサイト、18世紀半ば以降、ヨーロッパでダイヤに代わってヒットしたそうで。 産出国の名にスペインやペルーの国名が。 最近の私は自然派というか、装飾品をつけなくなっているのですが、 まあ、娘を抱っこしたりするときに引っかかったり邪魔になったりするからですが、 その昔はこの種が好きでした。
シルバーをベースにマーカサイトで細かく飾られ、 このかわいらしさと品のよさ、アンティーク調に見え、 値段も安くなく高くなく、自分の中で納得できる値段なところがまた素敵だと思います。 マーカサイトだけでなく、 そこにちょっとトルコ石を載せたり、珊瑚を載せたり、オニキスを載せたり、 と、コンビにしているものもあります。 これらが実はすごくスペインチックで素敵な装飾品と私には思えるのですが。。。。 コルドバの店の姉ちゃんたちは、これはここコルドバの名産品!と豪語してましたけど。 で、よく見かけるかと言うと、あまり見かけないんです。つけてる人。。。。 みんな安っぽいものばっかり使用していて、 盛装したりするときくらいにしか使わないのでしょうね。 日本人は普段からいいものを身につけてますけど。。。。 日本人が小さくて値段の高いものを付けているところ、 スペイン人は派手で大きくて安いものが普段用って感じです。 どちらが良いとか悪いとかではなくて、周りを見渡しての事実(統計)を語ったまでです。
週末はハエン方面へ。 またまた CANTAJUEGO のコンサートを追っかけて。 コンサート会場はハエン県のバエサという町の闘牛場です。 娘のためと言いながら、 実は母(私)が結構楽しんでいるのが(夫に)バレてきている模様。 伝統的なスペインの子供用歌以外にも、 タンギージョの軽快なリズムで作られた歌とか、フラメンコも組み込んであったり、 盛りだくさんの歌と踊りで全員参加型子供用コンサートです。
ハエンはオリーブ畑しかないので、ほとんど用もなく、 こんなことでもなければ出かけることもない場所です。 行けども行けどもオリーブ畑。 そんな中に湖を発見。(たぶん人工湖) なかなかいい感じでした。車で近づいてみると、 パラソルさしてビーチ感覚の人もいました。
宿泊は、田舎屋敷風のプチホテル。 カサ・ルラールにて。 小さなプールもあって、娘も楽しめました。 ホテルの案内に、「ペット宿泊OK」となっていました。 我が家の3兄弟は車の中で宿泊しますが、 その気持ちがあるホテルと言うことだけでなんとなく安心です。 ついでに「ゲイフレンドリー」という文字も。 そんなことわざわざ書く必要あるのだろうか?と思いましたが、 そう考えてみれば、日本人は観光ツアーグループなどでも、 男性の友達同士で参加し、同室でツインベッド宿泊というのもありますが、 ヨーロッパ人旅行では、それはほとんど見ません。 旅行は家族でするもの。 もし男性2人なら、同性愛のカップルと見られるのが当然のような。 日本人の男子大学生が卒業旅行などで男友達と旅行してホテルを訪ねたら、 宿泊を断られたりするのでしょうかねえ?
こーんなにオリーブの木だらけでも、全然緑いっぱいの麗しさもなく、 まるでサボテン畑のよう。木々のいい香りがするわけでもなく。。。。 砂漠のような暑さと埃。 それでも湖とオリーブ畑のコンビには、美しさと安らぎを感じました。 オアシス?! やっぱりここはヨーロッパのアフリカなんです!の再確認。 モロッコ人多いし。。。。 |
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